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ジャネットの呟きに、ユルーゲルは眉を潜めた。
ただでさえ、調べ物が増えたというのに、人手は二人のみ。変わらない状態なのだ。
変に人を増やして、情報を漏洩させる危険性を考えれば、増やせないというジャネットの考えも分かる。ならばせめて、当事者たちにも協力を仰ぐことくらい、構わなくはないか。
「カラリッド家については、マーカス殿に頼んでみてはダメでしょうか」
予想していなかったのか、もしくはそんな発想は思いもつかなかったのか、ジャネットは驚いた顔をした。
「マーカス殿は、ジャネット様や私のことを、調べられる伝手があるようですから。勿論、ザヴェル侯爵家の力も働いているのでしょうが」
アンリエッタを拉致してから、たった二日で居場所を突き止められたのは、事前にアズール・マスティーユを調べ、そこから本当の名前であるユルーゲル・レニンに辿り着いたからに、他ならない。
でなければ、ジャネットでも私の正体に気がつかなかったのに、分かるはずがない。
まぁ、神経質なほど、それを隠していたわけではなかったから、いずれ何処からか、バレるだろうとは思っていたが。
けれど、それほどの情報収集能力がある、ということだ。それを使わないのは、勿体ない。
「そうね。頼んでみるわ。パトリシア嬢のことも含めて、ザヴェル家になら、情報が漏れる恐れはないだろうし」
「そのパトリシア嬢のことなんですが。学術院にいて、退屈しているのではないですか?」
「え? あぁ、そうみたいね。学生服を借りて、授業に出ているくらいだから」
いきなり話題が変わり、戸惑った様子はあったが、ジャネットは思い出すように答えてくれた。ユルーゲルにとって、それは満足いく回答だった。
「では、パトリシア嬢にもご協力していただきましょう」
「な、何を?」
「そんなに警戒なさらないで下さい。怪しいことではないのですから」
やはり前科がある分、そこはまだ信用されていないのだろうか、と肩を竦めた。
「先ほどの話と同じですよ」
「それが怪しいのよ。さっきと同じなら、パトリシア嬢に何を手伝わせる気なの?」
「簡単なことですよ。執務室にあった貴族名鑑から、カラリッド家のように、蔦が描かれている紋章を、調べていただくんですよ」
ただ眺めるだけなら、退屈極まりないだろうが、自身に関りのあることなら、集中して調べ物ができるはずである。自身の右腕にあるものと同じ模様なら、見間違えることもないだろう。
「それから本と一緒に、この写真も送るのはどうでしょうか。マーカス殿を通じて、アンリエッタさんに聞いてみるんです」
「カラリッド家へ養女の話を?」
「はい。ついでに、アンリエッタさんのご両親についても調べていただけると、助かります」
う~ん。さすがにマーカス殿に調べてもらうことが多過ぎだろうか。
あれだけの神聖力を持っているのなら、親が誰だかも気になる。突然、そういう子供が生まれることもあるが、だいたいは親も同様の量、もしくはそれ以上の神聖力を持っていることが普通である。
だとしたら、聖女を求めるカラリッド家が、今まで野放しにしているはずはない。となると、考えられるのは、カラリッド家が認識していない、もしくは出奔した人物が濃厚だった。
「分かったわ。了承してくれるか次第だけど、多分大丈夫でしょう。それにしても、アンリエッタ自身、自分の親が誰だか、気になったことはないのかしら」
「そういう人もいるのでは? 魔塔にいる者でも、実の親を探す者がいたり、いなかったりと様々ですし」
そう、魔塔は基本、魔力を持っていて、ここに入れるだけの地位がある者の推薦状が必要なのだ。故に、出身には固執していない。孤児であろうが、平民であろうが、貴族であろうが、そこは重要ではなかった。ジャネットがアルバートに言ったように、実力主義なのである。
「そうだったわね。親にしろ、養女の話にしろ、デリケートな問題だから、勝手に私たちが調べたり、アンリエッタに聞いたりしたら、マーカスは怒るかもしれないわね」
「はい。それに、マーカス殿の性格からしたら、カラリッド家の表には出せないあれこれを見つけてくれるかもしれません」
「怖いことを言うわね」
「いえいえ、事実では? それをネタに、上手いこと収めてくれるかもしれませんよ」
ユルーゲルがにたりと笑って言うと、ジャネットも釣られて笑った。まるで悪巧みをするかのような笑顔だった。
「貴方にしては、なかなか面白い案ね。採用よ。マーカスにも、その旨を伝えておくわ。ついでに、アルバートも引き込んでおいた方が、よりやり易いのではないかしら」
「上手く立ち回れますか? あんな気弱そうな男」
家に見捨てられ、魔塔という居心地がいい場所がありながら、その家から必要とされた途端、言いなりになろうとする。まぁ、今回は、ジャネットに助けを求めてはきたが、自分で対処できない態度が、気に食わなかった。
「そこは上手く手懐ければ良いのよ。魔塔の勢力を強くもできるし、良いと思うんだけど、どうかしら」
「……そういう意味なら、構わないのではないでしょうか。ただ、一度は求婚してきた男ですよ。少しは警戒心を持たれては?」
「でも、きちんと断ったし、相手も了承済みよ。問題ないでしょう」
ないと言えばないが、あの手のタイプは、強気な女性を求める傾向にある。異性としてではなくとも、頼りになる人間を好むのだ。そしてジャネットは、その手のタイプを放っておけない人間だった。
だから余計、心配になった。懐には、男性を入れないで欲しい。
ユルーゲルは椅子から立ち上がり、ジャネットに近づいた。
「では、私はどうですか? 一度問題を起こし、こうしてお傍にいることで、手懐けられました。しかし、私も男です。警戒されますか?」
時折、自分の判断に迷った時や自信がない時などに、相談とまではいかないが、問いかけられることがある。判断を仰ぎたいのか、私の意見を聞きたいのか分からず、思ったまま口に出していた。
しかし、それは逆に、警戒されていない、とも取れる行動だった。ジャネットこそ、私のことをどう思っているのか、どういう立ち位置にされているのか、気になった。
困惑した表情のジャネットの隣に、ユルーゲルは座った。
「今はもう、あまり警戒はしていないわね、確かに。銀竜のことで、相談できる相手は、ここでは貴方しかいないから」
「そうですね。だから、随分と気を許されたように感じますし、私も……」
俯き、見上げるようにして、ジャネットの顔を窺った。
「欲深くなりました」
今、こんな言葉をかけて良いものか、悩みながらユルーゲルは続けた。
「ジャネット様は言いましたよね、カラリッド卿に。得られるものの方を取るべきだと。私も、叶わない思いよりも、叶う望みのある方を選択しようと思いました」
「?」
「すみません。ジャネット様が、とても似ていたものですから、私の初恋の人に」
ジャネットの驚いた顔に耐えきれず、再び俯いた。そこまで言うつもりはなかったのだが、アルバートにかけたジャネットの言葉が忘れられず、口から零れた。
「ジェシー・ソマイアというんです。ジャネット様にとっては、ご先祖様になるのでしょうが。その方に、よく似ておられるんです。顔から性格まで。だから、初めてお会いした時から、頼まれると断れませんでした」
「あっ、アンリエッタのこと、ね」
「はい。あの時は、ジャネット様のことよりも、得られる方を選択しましたが……」
ユルーゲルは顔を上げ、ジャネットの手を取った。
「今は専属護衛魔術師としての立場ですが、ジャネット様の傍にいます。期限を決められていないのであれば、どうか長く、ジャネット様の傍に、いさせてはもらえないでしょうか」
思い切って、好きとも言えず、初恋の人まで口走った挙句、告白とも言えない告白に、情けなく思った。だからせめて分かってもらいたくて、そのまま手の甲に、口付けした。
「!」
ジャネットが驚いた表情をしたのと同時に、手を引かれると思った。が、そうはせず、ユルーゲルの手に納まったままだった。
名を、呼んでも大丈夫だろうか。そう思って、口を開いた瞬間、
「ユルーゲル」
逆に名を呼ばれた。ジャネットから、直接呼んでもらえたのは、これが二度目だった。それほど、呼んでもらえなかった名前を、ここで聞けるとは思わず、驚いてしまった。
その時、掴んでいた手が緩んだのか、ジャネットは自らの手を引き寄せた。
「私は、貴方の気持ちには答えられない。貴方はまだ、監視の対象だから。わかってくれるかしら」
銀竜の件が終わらない以上、“監視の対象”でしかない、と暗に言っている。
「はい」
「……それが取れた時、まだ思ってくれていたら、今度はちゃんとした告白をしてくれると嬉しいわ」
「!」
ジャネットは目を逸らしたが、その顔は赤かった。それを見られたくないように立ち上がり、扉の方へと歩いて行く。
「ジャ、ジャネット様⁉」
追求したくて名前を呼んだが、ジャネットは振り向いてはくれず、扉を開けて出て行ってしまった。
「監視の対象だと言ったのは、ジャネット様ですよ」
思わず笑みが零れた。望んではいけないと思いながらも、言ってしまったことだった。だから、当然断られるとも思っていた。
まさか、叶わない思いではなくなっていたとは、信じられるだろうか。