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路面店のバーの中。他に客はおらず、カウンターに左から大神、倫、玲奈の順に並んで座る。
大神「お嬢さん、何でも好きな物を頼んで下さいよ」
玲奈「は、はい。じゃあ梅酒のソーダ割で」
大神「そんな物でいんですか? 遠慮は要りませんよ」
玲奈「あたし、お酒は嫌いじゃないけど、そんなに強くなくて。それで充分です」
倫がまだメニューを眺めているのを見て、大神が人差し指を立ててバーテンダーを呼ぶ。
大神「マティーニを頼む。うんとドライにしてくれ」
倫「まだそんな気障なもん飲んでるのかい? 007ジェームズ・ボンド気取りは相変わらずだね」
大神「倫ちゃんだってイケる口だっただろう。今日は強め、弱め?」
倫「弱めにしとくわ。いつまでも若くないからね」
倫が手を挙げてバーテンダーを呼ぶ。
バーテンダー「お決まりですか?」
倫「ブラッディメアリーをダブルで。タバスコたっぷり入れて」
玲奈の心の声
「そ、それが弱めなんですか?」
それぞれのグラスが届いたところで大神が話しだす。
大神「この市の医師会には話をつけた。その他いろいろと危ない連中にもね。もうワクチン接種の妨害はしないだろう。君たちにもちょっかいは出さないと思うよ」
倫「ま、礼は言っとくわ。けど、所長のあんたが直々に来るとは思わなかったね」
大神「他ならぬ倫ちゃんの頼みだからね。他人には任せられんよ」
倫「そりゃありがと。けど会うのはこれっきりだからね」
大神「おやおや、つれないな」
倫「ちょっと失礼して化粧室行ってくるわ。玲奈ちゃん、それ飲んだらすぐに出るからね」
倫が席を立ち見えなくなると、大神が玲奈に小声で話しかける。
大神「ところでお嬢さん、倫ちゃんの最近の様子はどうですか?」
玲奈「どうと言われましても。お二人はどういう関係なんです?」
大神「倫ちゃんは6年前まで私が経営する東京の法律事務所で働いていたんですよ。でもある仕事で、彼女にはひどくつらい思いをさせてしまってね。その償いもあって、今回倫ちゃんから突然頼まれた仕事も引き受けたんです」
玲奈「そうだったんですか」
大神「お嬢さん、あなたの目にはどう見えます? この街で暮らしていて、倫ちゃんは幸せそうですか?」
玲奈「ああ、すいません。倫さんはあたしよりずっと精神的に大人だし、インテリだし。よく分かりません」
大神、微笑みながらも寂しそうに
「そうですか……」
倫が戻って来て、立ったままカクテルのグラスを一気に飲み干す。
大神「なあ、倫ちゃん。またうちの事務所で働く気はないかい? 昔と違って今は筋のきれいな仕事がほとんどなんだよ。なんなら刑事弁護専任に」
倫「やなこった!」
倫は飲み干したグラスをカウンターの上にどんと置く。
倫「あたしはこのトカイナカで第二の人生をのんびり送るって決めたんだ。じゃあ、さよなら、だ」
倫が玲奈の腕を取り、強引にドアに向かう。玲奈は首を大神に向けて言う。
玲奈「あの、ごちそう様でした」
ドアが閉まる。大神はグラスを目の高さまで持ち上げ、ドアに向かってつぶやく。
大神「では倫ちゃん。君の第二の人生に乾杯」
場面転換
人気のないバス停。バスを待ちながら倫と玲奈が話している。
倫「あいつと何か話したのかい?」
玲奈「はあ。倫さんが以前あの大神さんの法律事務所で働いていたという事は聞きました。何かとてもつらい思いをさせてしまったので、その償いとかなんとか」
倫「ちっ。余計な事を。まあでも、この際話しておくか。あたしはいわゆる悪徳弁護士だったのさ」
玲奈「え? まさか」
倫「あたしは法廷で正義の味方になりたくて弁護士を目指した。法律に守ってもらえない弱い立場の人たちが泣きを見るのをたくさん見てきたからね、子どもの頃。けど現実は甘くなかった」
玲奈「何か問題でも?」
倫「弁護士になるには金がかかるんだよ。大学、法科大学院、司法試験合格まではアルバイトする時間もない。司法試験に合格した後もすぐに働けるわけじゃない。一年間の司法修習って言う訓練期間もある。そこまでの奨学金やらなんやらの借金がどかんとたまってね」
玲奈「大変だったんですね」
倫「で、弁護士として稼げるようになったら早く借金返さないと。それで頭が一杯になっちまったのさ。それで大神の法律事務所に入った。ところが、これがとんだ悪徳事務所だったのさ」
玲奈「弁護士が悪い事するんですか?」
倫「利息の過払い分を取り戻すとかのCM見た事ないかい? あの中にはかなり強引なタチの悪いやり方する所もあるんだよ。他に、零細企業のちょっとしたミスを責め立てて、金がもらえるぞって原告になりそうな連中を集めて、経営破綻するほどの金をむしり取る。法律を悪用して弱い者いじめして金を巻き上げる。そういう仕事をさんざんやってきたんだよ、あたしは」
玲奈「倫さんがそんな事を? 今の倫さんからは想像できませんけど」
倫「あの頃は金の事で必死で、自分のやってる事を理解してなかったのさ。その挙句がこれだよ」
倫が自分の右わき腹を指差す。
倫「ここに傷があるのを見ただろ? あたしが追い詰めて経営者夫婦が自殺した一件があってね。そこの一人息子に包丁で刺されたんだ」
玲奈「ええ!」
倫「自業自得だ。あたしを刺したのはまだ中学3年生の男の子だった。あたしは命は助かったけど、その子は少年院に送られた」
玲奈「そんな事が」
倫「はっ、全く笑い話にもならないよ。正義の味方になるはずが、とんだ悪党に成り下がってたんだ。その男の子の人生、将来もぶち壊しにしちまった」
玲奈「それで東京の事務所を辞めたんですか」
倫「そ。で、このトカイナカに戻って来た」
玲奈「トカイナカ?」
倫「トカイとイナカ。つなげてトカイナカ。ここみたいな場所の事だよ。ほら、見てごらん」
倫がベンチから立ち上がって街の灯りを指差す。
倫「目もくらむような明るい大都会じゃない。けど、見渡す限り田んぼや野山ってほどの田舎でもない。東京みたいな大都会は確かに華やかだけど、光が強ければ影も濃く深くなる。今のあたしみたいに、何事もほどほどが一番って思ってる人間には、結構居心地がいいいんだよ」
バスがやって来る。倫がバスに乗りながら玲奈に言う。
倫「じゃあ、あたしはこの路線だから。気をつけて帰るんだよ」
玲奈「あ、はい、お疲れさまでした」
バスを見送る玲奈の脳裏に大神の言葉が浮かぶ。
「この街で暮らしていて、倫ちゃんは幸せそうですか?」
玲奈「うん、きっと幸せなんだと、そう思いますよ、大神さん」