友達ができました
ハンジさんに連れられて、調査兵団の建物の中を案内してもらう。
石造りの建物。木やレンガでできた建物もある。
照明は電気じゃなくランプや窓からの光。
掲示板に貼られた紙は、大分繊維が粗くて私が知ってるきめ細やかな質感のものとは違う。
どうやらこの世界は、自分が元いた世界より数百年分くらい遅れて発展しているみたい。
少し不便に感じることもあるかもしれないけど、私はこういう雰囲気結構好きだなあ。
「…で、ここが厨房。アンナのメインの仕事場ね!調理器具も食材も、自由に使っていいから」
『ありがとうございます』
「じゃあ、私はちょっと上に報告に行ってくるから、どこに何の食材が入ってるかとか、調理器具があるかとか、ひと通り見ておいて」
『はい』
その場を後にしようとしたハンジさんが何かを思い出したように振り返る。
「あ、そうそう。君の名前は“カンザキアンナ”だけど、念のためここでは“アンナ・カンザキ”って名乗ってね」
『分かりました』
「じゃ、ちょっと行ってくるから適当に見てて」
今度こそハンジさんが調理場を出て行く。
私は調理場の棚という棚を片っ端から開けて、そこに何が入っているのかを見て回る。
冷蔵庫なんてないから、お肉は干したものが殆ど。
日本で使ってた合わせ調味料なんてものもなさそうだし、お砂糖とか塩で自分で味付けしないとな。
炊飯器も電子レンジもないから、ごはんはお釜で炊かなくちゃ。フライパンでも炊けるけど大人数の食事を用意しないといけないし。
温め直すにもお鍋で火を通す必要があるかも。
こういう時、家政科に行ってよかったって思う。
料理のちょっとした知識がちゃんと身についてて、真面目に勉強してた過去の自分に感謝。
まさか死んだ後に別の世界にやって来るなんて想像もしてなかったけど。
「おい」
リヴァイ兵長やエルヴィン団長とは違う、男の人の声。
顔を上げると、同じ歳くらいの男の子2人と女の子1人。
「もしかして、お前が別の世界から来たっていう“アンナ・カンザキ”か?」
『え?あっ、はい…』
「やっぱり!」
警戒されると思いきや、その子はぱっと明るい表情になった。
「俺はエレン・イェーガー。こっちは幼馴染みのアルミンとミカサだ」
エレン…くんに紹介された2人が1歩前に出る。
「初めまして。アルミン・アルレルトです」
綺麗な金髪の、可愛らしい顔をした男の子。
「…ミカサ・アッカーマン」
名前だけ口にした、赤いマフラーを巻いた黒髪の大人しそうな女の子。
『アンナ・カンザキです。調理とお裁縫をメインに仕事させてもらうことになりました。…えっと、よろしくお願いします。エレンくん、アルミンくん、ミカサさん 』
私が自己紹介すると、3人とも鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
? 私何か変なこと言ったかな?
「くん、だなんて初めて呼ばれたよ」
「ああ、ほんとにな。呼び捨てでいいぞ」
「敬語もいらない」
口々に言う3人。
いいのかな。
『えっと…じゃあ、エレン、アルミン、ミカサ。これからよろしくね』
「うん!」「おう!」「よろしく」
素直そうな子たちだな。
『もしかしてエレンは、兵団の偉い人が言ってた、巨人化能力の持ち主なの?』
「あ、もうそこまで聞いてたんだな」
『会話の中でちらっと聞いたような感じだけど』
「そっか。俺もそれで保護と監視目的に調査兵団に引き取ってもらったんだ。」
そうなんだ。
「だから怪しまれてる者同士っていうか。声掛けてみようと思ったんだ」
怪しまれてる者同士って……。
可笑しくて笑ってしまう。
「エレン、そんな言い方よくないよ。ごめんね、アンナ。エレンに悪気はないんだ」
アルミンが慌てたようにフォローする。
『全然平気よ。怪しまれてるの分かってて声掛けてくれて嬉しかった。同じ歳頃の子と話せるのも気持ちが明るくなる』
私が言うとアルミンはホッとしたような表情を浮かべた。
「…アンナは、本当に別の世界から来たの?」
急に口を開いたミカサ。
『うん。すぐには信じてもらえないって分かってるけどね。…!そうだ、これ見てみる?まだ他の人には見せてないんだけど』
私はポケットからスマートフォンを取り出す。
「何だこれ??」
興味津々の3人。
『これね、私がいた世界でみんなが使ってたものなの。携帯電話っていって、遠くの人と声でやり取りができるの』
「デンワ??声でやり取り??」
不思議そうな顔をする3人が可愛くて仕方ない。
『そのへんの詳しい仕組みは上手く説明できないんだけど、便利でしょ?』
「うん、すごいね!」
私はスマートフォンの電源を入れる。
インターネットに接続こそできないけど、バッテリーもまだ充分にあるし、それを確認できてちょっと安心した。
画面に映し出される、数年前に虹の橋を渡った愛犬の写真。
「うわ!犬が出てきた!」
驚いたようにエレンが声をあげる。
『可愛いでしょ?私の家族』
「犬を家族って言うんだね。毛並みも整ってるし、顔もキレイ。アンナのいた世界では犬は愛玩動物なの?」
アルミンの質問にハッとする。
確かにこの世界に来た時、野良犬が普通にそのへんをウロウロしてた。
『うん。私の国では今は野良犬は少ないよ。愛護団体に保護されたりして。野良犬だけじゃなくて、迷い犬とか捨て犬も保護されるの。この子も保護施設から譲渡してもらったの。賢くて可愛かったな。アルテミス、っていうの。神話に出てくる月の女神の名前なんだ』
私はそっと画面の中の愛犬を撫でる。
あ、待ち受け画面だったからスクロールされちゃった。
「うわ!犬が消えた!」
またエレンが驚きの声をあげる。
いちいち反応が可愛いなあ。
「すごい機械だ…。とんでもなく高い技術だね」
「おもしろい」
アルミンとミカサも画面を覗き込んでいる。
「…あ!ねえ、アンナ。君は“海”って知ってる?」
『海?』
「そう!世界中の商人が一生かけても取り尽くせないほどの巨大な塩の湖があるって聞いたことがあるんだ!」
『ああ、海ね』
「知ってるの!?」
アルミンが目を輝かせる。
『知ってるも何も、私がいた国は全土を海に囲まれてたから…。』
「「「えぇっ!?」」」
目を見開く3人。
「じゃあ、じゃあ!砂の雪原や氷の大地は?炎の水は??」
えーっと。
私は脳内で、彼の言葉と画像や映像をマッチングさせる。
『砂漠に、北極南極大陸に、溶岩のことかな?』
全部は写真撮ってないけど、…そうだ。確かスマートフォンに元々入ってる、デフォルトの画像にあった気がする。
『これのこと?』
私が画面を見せると、一層目を輝かせるアルミン。
「これだ!すごい!ほんとにあったんだ!!エレン、ミカサ!僕が本で読んだことのある景色は本当にあったんだよ!! 」
興奮気味に捲し立てるアルミンに、エレンもミカサも私の手元を覗き込んでくる。
そしてパッと目を見開く。
「すげえ。ほんとにあるんだな!」
『こっちは、去年遊びに行った海ね』
私は写真フォルダを開いて海の写真を表示させる。
家族で訪れた、沖縄の海。
どこまでも青くて澄んでいて、とっても綺麗だった。
…!!!
「…これ、アンナが実際に見たの?」
『うん、そうだよ』
アルミンがほんの少しだけ、目を潤ませた。
「すごい。僕が見たかったもの、全部知ってたなんて。しかも見せてくれるなんて」
「アルミンよかったね」
「ほんとにな」
エレンもミカサも嬉しそう。
「半信半疑だったけど、私はアンナのこと信じる」
ミカサの言葉に
「俺も!…てかこの世界にないこんなすげえもん見せられたら誰だって信じるだろ」
「うん。何よりの証拠だよね。アンナ、ありがとう。他の人にまだ見せてない大切なものを初対面の僕たちに見せてくれて。アンナのこと、よく知らない人が何か心ないことを言ってくるかもしれないけど、絶対に僕たちが君を守るからね」
アルミンの言葉に頷く2人。
『ありがとう!改めてこれからよろしくね』
私は3人と握手を交わした。
つづく