美味しいごはん
急だがその日の夕食作りから、杏菜が担当することになった。
調理には毎回、調査兵団の誰かが1人、日替わりで監視するという約束だ。
杏菜がこの世界に来て初めての仕事なので、今日の監視役はリヴァイになった。
『…なんか、見られてると緊張しますね』
杏菜は笑いながら、棚を開けて食材や調理器具を取り出す。
「気にするな。俺はただ見てるだけだ」
リヴァイは脚を組み、調理場の杏菜がよく見えるところで彼女を眺めている。
異世界から来たという彼女。
本当だろうか。
「カンザキ」という俺たちの世界では珍しいラストネーム。
ただ自分たちが知らないだけで、アッカーマン一族や東洋の一族のように、少数派の民族かもしれない。
ハンジの言う通り、今のところ嘘をついているようには見えないが。
上手すぎる演技かもしれん。
まあ、怪しい動きをした時は奴の肉を削ぐまでだ。
『うーん。これでいいのかなあ…』
杏菜は迷っていた。
そしてちらっと監視役のリヴァイを見る。
『あの…リヴァイ兵長…』
「何だ」
『皆さんの好みが分からないので、味付けに困ってて。自分が納得いっても皆さんにはそうじゃないかもと思って。……あの…兵長が嫌じゃなければなんですけど、私も目の前で口にしますから、味見していただけませんか?』
今見ていた限りでは怪しい素振りはなかった。
食材も調理器具も兵団のものを使っていたし、自分も彼女の1つひとつの動きがよく見えるところにいたから何か細工をする隙もなかったはずだ。
それに、見ていて感じたのは衛生面にも気をつけている様子。
調理中はエプロンの着用だけでなくバンダナの中に髪をきちんと入れ込み、マスクで鼻と口を覆い、食材以外のものに触れる度にしっかり手洗いを行っていた。
「いいだろう」
リヴァイが椅子から立ち上がり、鍋の前に移動する。
『わ!ありがとうございます!じゃあ、まず私が味見しますね』
杏菜が小さな皿に今作ったばかりのスープやメイン、副菜を少しずつ取り分け、リヴァイの目の前で口に入れる。
全てのメニューを口にしたことを確認し、リヴァイも自分用に取り分けられた料理を口に運ぶ。
「!」
切れ長の三白眼が一瞬大きく見開かれる。
『…どうでしょうか?味が濃いとか薄いとかあったら遠慮なくおっしゃってください』
不安そうな顔でたずねる杏菜。
「悪くない」
『え!ほんとですか!?』
「…いや、ちゃんと美味いって言うべきだな。味もちょうどいい。俺の個人的な意見だがな」
リヴァイの言葉に杏菜の表情がぱっと明るくなる。
「あの短時間でよくこんな種類の食事を作ったな。しかも野菜も綺麗に切り揃えられているし肉も柔らかい」
『よかった〜!栄養バランスを考えたら一品じゃ足りないですからね。野菜を素早く綺麗に刻むって内容のテストもあって、得意だったんです。クラスメート…あ、同じ学級の友達の中でも速いほうだったんですよ。お肉は事前に筋を切ったり叩いたりして柔らかくしました』
嬉しそうに説明する杏菜に、リヴァイは不覚にも、一瞬だけ彼女を可愛いと思ってしまった。
「味付けも安全性も問題ない。今日ここで見張っていた俺が責任を取る。お前を警戒して食わない奴も中にはいるだろうが、気にしなくていいからな」
『はい!ありがとうございます兵長』
とうとう夕食の時間がやってきた。
訓練を終えてお腹を空かせた兵士たちが食堂へと集まる。
杏菜の姿を見てざわつく兵士たち。
あれが例の…?
別の世界から来たっていう女か?
そんな得体の知れない奴が作った飯を食えってか。
いやでも見ろよ。めちゃくちゃ美味そうだぞ…。
しかも品数も多い。
「お前ら、よく聞け。今日からこのアンナ・カンザキが調理を任されることになった。今日は俺が監視してた。安全に食えると責任を持って言う。それでも食うのを躊躇うのなら無理に食わなくていい。腹ぺこのまま明日を迎えるだけだからな」
リヴァイの言葉にざわつきが少し落ち着く。
そして杏菜が一歩前に出る。
『アンナ・カンザキです。あの…怪しいって思われるかもしれませんが、栄養も考えて一生懸命作ったので、ひと口でも食べていただけたら嬉しいです!』
言い終わらないうちに、1人の兵士がもう我慢できない、というように料理を勢いよく口に運ぶ。
104期生のサシャ・ブラウスだ。
「うっまああぁぁぁ!!皆さん!めちゃくちゃ美味しいですよ!!要らないならそこに置いといてください!私が食べますから!!!」
彼女の食べっぷりに、他の兵士たちもゴクリ…と喉を鳴らし、綺麗に盛り付けられた料理を食べ始める。
!!!!!
うま!!
誰もがそう思った。
ひと口食べると止まらず、全員が完食した。
そして、余っていた料理も早い者勝ちでおかわりして全部平らげてしまった。
「美味かった!」
「肉も柔らかかったな!」
「俺たちこれからこんな美味い飯が毎日食えるのか!」
「明日の飯も楽しみだな!」
口々に感想を述べる兵士たち。
『ありがとうございます!嬉しいです!皆さん食べたいのあったらリクエストしてくださいね』
花が咲いたように明るく笑う杏菜。
それを見た兵士たちは胃袋だけでなく心臓も鷲掴みにされてしまった。
「アンナ!すっごく美味しかったよ!」
「こんなに美味い料理作れる奴なかなかいないぜ!」
「美味しかった。ほんとはおかわりしてもっと食べたかったくらい」
アルミン、エレン、ミカサが話し掛けてくる。
そこに、
「マジで!めっちゃくちゃ美味かった!」
「アンナさんん!あなたは天才ですよおぉ!!」
「いつ嫁に行っても大丈夫だな!てか来てほしいわ」
「こんな美味しいごはんが食べられるなんて、私たち幸せだね」
「よし、私はクリスタとアンナと結婚するわ」
「栄養たっぷりで力もつくね」
「今度オムライスが食いてえ!」
エレンたちの紹介で仲良くなった、104期の仲間であるコニー、サシャ、ライナー、クリスタ、ユミル、ベルトルト、ジャンもやってきて話に加わる。
『嬉しい。みんなありがとう!』
照れたように笑う杏菜に、またも心臓を鷲掴みにされた仲間たちだった。
つづく
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