女の子の部屋は、男の部屋にはない香りがする。
紙くず一つ落ちてない、グレーの絨毯。整頓された窓際の机。足の踏み場のない俺とルームメイトの部屋とは天と地の差があった。
「この部屋は靴は脱ぐんですか」
文化の中間に立つとき、いちいち質問する必要がある。この街ではよくあることだ。
「別にどっちでもいいです」
彼女はロングブーツを脱いで、部屋の入口付近の壁に立て掛けた。俺もそれに習ってショートブーツを脱いで並べた。
「どうぞ、楽に座ってください」奈津美さんはそういうと、自分は机から簡素な椅子を引き出した。俺のような男がスプリングの効いたふかふかなベッドに座り、奈津美さんのような美女が固い椅子に座るのは何か変な気がして、場所の交換を申し出た。彼女はかたくなに拒んだ。
開いたままのクローゼットには、黒系統の服がずらり並んでいる。中には、見たことのないものもある。黒の毛糸で作られたネット状の服で、前はファスナー、袖口をわざと綻ばしてある。
「私、自分で作るんです。それはTシャツなどの上に着るものなんです。
そうそう、今度健太さんのGパンも治しますね」
ここまで元気だった奈津美さんが、急に頭を抱えだした。
「いつものことなので、心配いりません。ごめんなさい」頭痛のみならず微熱も出ることも多く、まともな体調の日の方が少ないのだという。
俺はベッドから立ち上がると、彼女を横にさせ布団を掛けた。
「今日はゆっくり休んだ方がいい」
「本当に、ごめんなさい」
こんなときにいつまでも居られては、迷惑だろう。
「そろそろ帰るよ」
「もうちょっと、いてください」
「でも」
「治るまでいてください」
彼女は目を閉じた。
俺は両膝を床の絨毯についた。
白い肌、しなやかな長い髪。
手を伸ばした。髪に触れた。撫でた。撫で続けた。
静かな顔をしている。寝入ったようだ。
顔を近づけた。
そして、唇にそっとキスをした。
立ち上がり、ブーツを履き、部屋の戸を開けた。
「おやすみ」
奈津美さんの声が背中に聴こえた。