出発前の前夜、ヤマトが寝た後、僕は岩の神に呼び付けられていた。
「やあ、来たか。すまないね、寝たいだろうに呼び出しちゃって。ここでは、“アゲル” なんだっけ?」
岩の神はわざとらしく言葉を強調させた。
「昼間はヤマトがお世話になりました。アゲルで通していますので、岩の神 カズハも同じように通して頂けると」
そう返し、笑みを返した。
「話ってのは……」
岩の神が話を切り出そうするのを、僕は遮る。
「わあ、ここは月が綺麗に見えますね」
「おい……なんだ? 急に……」
満月の光は、僕の姿を照らした。
「ヤマトの “覚醒” の話、ですよね?」
そしてまたニヤッと、岩の神に向き合った。
岩の神は頭をボリボリと掻いた。
「天使族の召喚した異郷者に限り見られる、『この世界に慣れるよう身体的向上が見られるもの』。僕たちはそれを “覚醒” と呼ぶ」
岩の神は、ただ黙って僕を見遣った。
「でも、貴方は “共鳴” をしたんですよね」
そして、僕はコツコツと足跡を響かせる。
「共鳴とは、神の加護を与えた者、与えられた者のみに見られる記憶の共有。そして、それを介することで、相手の力の “奥底” を感覚的に知ることが出来る」
そして、暫く黙って聞いていた岩の神も、もどかしくなったのか、僕の話に割って入る。
「そ、そうだ。俺はヤマトくんと共鳴をした。その時に俺はヤマトくんの力の底を見た……」
そして、俯く。
「アイツは……何者なんだ……! あの力……まるで化け物じゃないか……!」
僕は笑みを絶やさずに岩の神を見つめた。
「はい。召喚者である僕とヤマトでは共鳴が出来ないので、こうして “共鳴” の出来る七神と出会える日を待っていました」
「お前でも分かっていないのか……? アイツの “底” を……」
「はい。僕と共鳴は出来ませんので」
少し、青ざめた顔を見せ、強張った顔を向ける。
「アイツの力は既に七神以上……。感じただけでも……バベルにも匹敵するぞ……!」
僕は、何も言わずに月を眺めた。
「アゲル……いや、大天使ミカエル! お前、本当は何を企んでいるんだ……!」
月の光は、僕を照らす。
「お前……その翼……」
満月の光は……僕に力を与える。
僕の背からは、白い大翼が飛び出した。
「お前……ヤマトの覚醒が円滑に……いや……更に強化されるように、自分の力をずっと抑えていたのか……!!」
僕は右手を岩の神に掲げた。
「岩の神、記憶を消される覚悟はしてますね?」
「ヤマトくんを……次の唯一神にでもする気か……?」
そっと、僕は右手を下ろした。
「そうですね。これだけはお答えしましょう」
そして、また、僕は月を眺める。
「ヤマトは、『バベル様と同じ異郷、”地球” 出身の異郷者』なんですよ」
「バベルと……同じ……」
「はい。だから、同等の力を得てもらわねば……」
岩の神の心拍数は上がっているようだった。
「バベルは……封印されてるんだろ……? 一番近くに居たお前が、バベルのことを見限るのかよ……」
僕は何も言わずに手を掲げた。
「なあ……ミカエル……!!」
「光魔法……」
その瞬間、僕の背後は何者かに抑えられる。
「ナイスタイミングだ……アリシア……!」
「闇魔法随一の盾使い、岩の守護神 アリシア。僕の翼に触れていたら痺れませんか? 闇の血のせいで……」
「そのまま抑えてくれ……! 今すぐ岩魔法で……」
しかし、その場には既に僕はいない。
「残念! 捕まったフリでした!」
二人は緊張感に汗を滲ませている。
「すぐ動けるか! アリシア!!」
「はい!!」
そして、二人は直ぐに二手に分かれ、僕を挟む。
いい連携だ。動きに隙もない。
「 “岩魔法 ブロックロック” !」
無数の岩が僕に向けて放たれる。
光剣でそれらを全てぶった斬った。
「 “闇魔法 ランドリュー” !!」
黒い影じゃない……これは物理攻撃か……。
光剣で斬ることは出来ない。
しかし、今の僕は光速で移動が出来る。
魔法攻撃など、避けるのは容易い。
「 “岩魔法 ガントレット” !!」
岩の神は猛烈な勢いで拳を繰り出す。
肘を岩に変えて拳を連打させているのか。
いい魔法の使い方だ。
「ハァ!!」
そして、再び漆黒の盾に捕らえられそうになる。
「岩の神の攻撃を避けられることすら読んでたか。でもね、闇魔法は僕の光剣で斬れるんだよ!」
キィン!
しかし、その盾が斬られることはなかった。
「アゲルさん……この盾は、純正の盾です。魔法ではありません……!」
「 “岩魔法 クロノス” ……」
僕は、四方から勢い良く岩壁に囲まれた。
しかし、
「何故……だ……」
僕は、岩魔法の岩壁を全て玉砕した。
「光剣は……闇魔法しか斬れないはず……」
僕は二人に笑いかける。
「全盛期の僕……とまでは行かないですけど、それでもこの大天使の力……ナメないでください……」
そして、僕は二人の眼前に近付き、顔を抑える。
岩の神は僕を睨むと、最後に告げた。
「お前のしていることは最早、世界を乗っ取ろうとしている龍族たちよりも恐ろしいことだ!!」
「 “光魔法 クラッシュ” 」
そして、二人の意識は消えた。
これで、この会話の記憶も残らないだろう。
闇は好きじゃない。
何かされたとか、恨みがあるわけではない。
理だ。
光が作られる時、闇もまた作られた。
相反する二つは、互いに嫌悪し合っている。
でも、闇がなければ月の光は差しては来ない。
「ヒドいですよね……まったく」
僕は、月の光を手で隠した。
翌朝、ヤマトはいつものように目覚めた。
岩の神や守護神も、昨日のことはまるで何もなかったかのように挨拶をしてきた。
このことは、僕だけが知っていればいい。
ヤマトは、二人と話しながら笑っていた。
大和ヤマト、彼は非力な人間だった。
犬を虐めている同級生二人組から犬を守ろうとして、自分がボロボロになって犬を守っていた。
召喚の際、天使族は召喚候補の人間たちの生活を垣間見ることができる。
大和ヤマトは、その中でも一番弱い人間だった。
しかし、一番人に愛されていた人でもあった。
その後、ヤマトたちよりも一回り大きな身体の男性が現れると、ヤマトと共に犬を虐めていた二人組を注意しに向かっていた。
それだけじゃない。
日陰者にも手を差し伸べ、ヘラっと笑って陽気な女子群たちの掃除を替わり、自分が遅刻してでもお婆さんを駅まで送り届けるような、絵に描いたような善人。
嫌になる。
僕が焦がれる光そのものじゃないか。
この世界に来てからもそうだ。
見ず知らずの国の為に、痛い思いをするかも知れない、死んでしまうかも知れない戦地に乗り込む。
見ぬ知らずの少女を匿い、自分の旅に同行させ、命から柄に守ってきた。
怖そうな人たちにも笑顔で接して、恐怖心の中で龍族の一味とも戦ってきた。
見ず知らずの少女の殺しを止めさせ、岩の神の心すらをも、その光で満たした。
あなたしかいないんだよ。
唯一神になれる存在は。
ヤマト。
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