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マネージャーからの電話を切った後、私はオフィスの一角で立ち尽くしていた。
窓の外には、今にも泣き出しそうな灰色の雲が広がっている。
「……健太が、日比谷くんのところへ?」
指先が冷たくなり、周囲の電話の音や話し声が、遠い海の底の雑音のように聞こえた。
日比谷くんは、何も言わなかった。
昨夜、アパートの階段で一緒に座っていた時、あいつはそんな不穏な気配なんて微塵も見せず、ただ私の不器用さを笑っていたのだ。
「……バカ。なんで一人で抱え込んでるのよ」
私は震える手でバッグを掴んだ。
「桜川さん? 午後の定例会議、もうすぐ始まりますが……」
美咲が資料を抱えて声をかけてきたが、私はそれを遮って告げた。
「ごめん、急用。美咲、あとのフォローをお願い。部長には私から後で謝っておくから!」
「えっ!? 桜川さんが仕事を放り出すなんて……!」
驚愕の視線を背中に受けながら、私はオフィスを飛び出した。
完璧なキャリア、積み上げてきた信用。そんなものが、私のせいで日比谷くんが奪われようとしている「芸人としての未来」に比べれば、今はただの重荷にしか思えなかった。