――真衣香には、この部屋に入り、全体を見渡した瞬間見えてしまったものがあった。
にも関わらず、すぐに目を背けてしまった。
緊張とは別に、ドクン、と重く心臓が跳ねたのに、気付かないフリして。
気付かれないようにして。
「や、やめないで、ほしいって言ったら軽蔑する……?」
真衣香は内心驚く。
自分でも信じられないような、甘く、ねだるような声が出た。
己の、この、喉から。
自分が自分でなくなっていくかのような、恐ろしさ。
真衣香は坪井の背後にある、ベッドや、サイドテーブルに目をやった。
見えるもの。
それは〝湧き上がってきた不安な心〟の理由であり原因だ。
(どう見ても、女の子用だよね)
ピンクの小さな鏡や、その横に置かれたピアスやネックレス。
百貨店で見かけたことがあるブランドの化粧水やクリームだったり。
ベッドに置かれたふわふわの白いクッションも、坪井が使用しているにしては、どうも可愛らしすぎるのだ。
「やめないでって、本気?」
坪井が、短く、低く、そしてゆっくりと。真衣香に問い掛けた。
こくりと頷く。
そうして、いつのまにかネクタイが外されたシャツの胸元、そこに覗く肌へ顔を寄せた。
(最後に咲山さんが、ここに来たの、いつなんだろ)
信じるとは口先だけか。情けない心の声がこだまする。
頬をすり寄せた坪井の肌の感触は、すぐに、乱暴に離されて。
ガクン、と視界が揺れる。
見慣れない天井、背中には慣れない感触のソファー。 真衣香を見下ろす、坪井の表情が苦しげに歪んでいた。
伸ばされた指先が、頬に触れて、首筋を伝う。
その手が胸元に触れたかと思えば、ほぼ同時。
性急なキスが降り、呼吸のタイミングを失ってしまった。
「……つ、坪井く……っ」
それでもなんとか酸素を求め、絶え絶えに名を呼ぶと、応えるように熱い舌先が真衣香の肌を攻め立てた。
そして、味わうようにして刺激する。
首筋を。
腕を、指先を。
ふとももを、膝を。
溢れ出して止まらない、聞いたこともない自分の声。
熱くて、切なくて、坪井が触れた場所から広がる快感に背筋がぴくり、ぴくりと反応を繰り返す。
けれど、幸せを感じる暇もなく、真衣香は目の奥が熱くなりはじめ、視界がぼんやりと滲み出してしまった。
体験したことのない行為に対して、もちろん恐怖があったのだと思う。
そして、なによりこのまま気持ちを誤魔化すようにして、この行為に逃げてしまってもいいのかと迷いもあった。
だからだろうか。
頬を、熱い、何かが伝う。
涙だ。
決して、喜びに満ちた嬉し涙でないことを、真衣香本人が一番よくわかっていた。
胸元にあった坪井の唇がビクっと反応をする。
嗚咽まじりに喘ぐ声が、泣き声だと気がついた様子で坪井は上体を起こした。
身体中に触れていた唇が、指が、重なり合っていた肌が、離れてゆく。
真衣香が確認するように見上げると、なぜか坪井は酷く怯えたように目を見開いて、それでいて、どこかホッとしたように脱力をして。
形容し難い表情を、繰り返していた。
やがて、濡れた頬に指先が触れ、真衣香の涙を拭う。
そして言った。
「……やめよ。ダメだわ、これ以上は」
小さな声だった。
苦しそうに掠れた声だった。
真衣香に言ったのか、それとも自分自身に言い聞かせたのか。
わからなかった。
「つ、ぼい、くん……?」