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坪井は息を整えるように深く深呼吸を数回、繰り返した。
その後真衣香の乱れた服を、ゆっくりと優しく整えながら言う。
「な、お前さ、頼むからそんな簡単に男を信じるなって」
「え……?」
はは、っと嘲笑うかのような声の後、続いた言葉に真衣香は耳を疑ってしまう。
空気がまるで、変わってしまったと感じながら。
「この家に女入れるとさ、どの子も揃って俺を疑うんだよ。今彼女いないって言ってなかった?ってさ」
いつも綺麗に横へ流れてる前髪が、乱れていて。坪井はそれを怠そうに掻き上げた。
「お前は? 思っただろ? なんで聞かないの」
「そ、それは……」
「ま、先に言っとくと大体今は夏美の物だよ、その辺に置いてあるの。多分」
ついさっきまで優しかった声が、急に冷たさを混えて、真衣香を射抜くように放たれる。
「女はもちろん好きだけど、深入りされんのもマジになられんのもゴメンなんだよね、俺。だから夏美も、他も、勝手にさせてる」
「え? か、勝手にって……?」
徐々に意識を覚醒させつつ何とか発した。
聞き返す真衣香の目をジッと見つめてくる、その瞳に、大好きな優しい色はない。
かわりに、小馬鹿にしたように首を捻られた。
「好都合なんだよね。女って、牽制し合うだろ? その結果疑って勝手に離れてくれるなら苦労ないじゃん」
坪井が何を言っているのか理解できない。
けれど、よほど強張った顔をしていたんだろう。
「おーい、そんな難しい顔すんなって」と、まるで、いつもどおりに。 よく見知った陽気な笑顔で、軽く声をかけてくる。
そして、思い出したと言わんばかりに少し上を見上げてから更に続ける。
「あ、そうそう。俺さ、基本的にお前に嘘ばっか言ってきたんだけど。あれ、さっきのも嘘。お前と付き合い出してから夏美とも他の女とも会ってないってやつ」
「う、嘘って……」
ついに声が震えてきてしまったのを実感する。
いや、実際に震えているのかは、わからない。 ただ、喉を通り抜けていく声がやけに頼りないから。
唐突に始まったこの会話は一体何なのだろう。頭の中では何かを感じ取っているのか、聞いてはいけないと警鐘を鳴らしてくれているよう。
「あの合コンの帰りさ、処女ってマジかよ面倒だなぁって、思ったんだよね。だからお前帰して、でもさ俺も健全な若い男だし収まんないわけじゃん? 夏美呼んでホテル入ったよ」
「は?」と、短く声が漏れたけれど、どうやら真衣香にはそれが精一杯だったようで続く言葉を発することができない。
驚愕する真衣香を、やはりいつもと大差ない笑顔で見つめながら……テーブルに置かれたままだったビールに平然と口をつけて、飲んで。
そしてまた、笑顔を浮かべて、傷を抉る。
「バーで付き合おうって言ったのもノリだったし、てか、お前のキャラ的に断ってくると思ったから。でもソッコーで返事されちゃったからさ。ま、顔は好みだし何より大人しそうだし。同じ会社の女でもうまくやれば、後引かないだろって思って」
それを、聞き終わって。
……聞き終わって、しまって。
真衣香なりに頭の中でゆっくりと、反復させていく。
飲み込んでゆく。
「あ、はは……。何だ、あはは、は」
やっと出てきたのは、笑い声だった。
もちろん全く楽しくはないのだけれど、なぜか笑っている。
笑い声が止まらない。
「今日ね、咲山さんに言われたんだよ。好きって言われたことある?って」