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―――僕の中で何かが吹っ切れた。
五度目の目覚め。”目覚め”と言うよりは”遡行”と言った方が良いだろう。
遡行地点は『蔵の中』から『男(妖)との戦闘後のコーヒーショップ』に変更。戦闘後の疲労感も相まって身体も精神も崩壊寸前。
それでも、この闘いに関与していない人物。コーヒーショップに”偶然”居合わせてしまった客と店員達だけは命に代えてでも護らないといけない。
それが今一番優先すべき行動である。
避難民の人達を警察が集まっている場所ではなく『パトカーから成る可く離れた地点』に移動させ、惣一郎を起こす。
目覚めた惣一郎の第一声は「状況は大体把握した。君が警察から客達を逃がしたのは何か訳があるのだろう?」だった。理解能力が高すぎて良い意味で困る。
惣一郎に”遡行”で得た情報を”未来視”で視た情報と偽って伝達。
全てを知った惣一郎の行動は速かった。
対魔術師用の結界の展開及び武器の錬成。コーヒーショップを一度破壊し、錬金術と妖術を混合させ要塞を生成。
怪しく思った魔術師が早めに行動する事を想定して、死体のまま放置されていた男(妖)から妖力を摘出。惣一郎に治癒術を使用して、
迎撃態勢は整った。残る手順は―――
「―――避難する人達が来ないから不審に思って来てみたら、まさかバレてたとは。心の底から面白くない」
魔術師の登場のみ。
結界はいとも簡単に突破され、要塞化したコーヒーショップに男は足を踏み入れる。
惣一郎は顔色一つ変えずに右手で構えていたワルサーP38を発砲。恐ろしく速い弾丸はそのまま男の頭蓋を貫通、 する訳が無く。男の頭手前で静止した、憶測だが魔術師『空間支配』が大きく関わっているのだろう。
惣一郎は間髪入れずに残りの七発を発砲。しかし全て同じ方法で止められ、男は無傷で再び歩き出す。
コツコツと靴音が響く。僕の頬に汗が伝い、惣一郎は既に錬成していた別の銃を取り出して発砲する。
僕はと言うと要塞化したコーヒーショップの一角で隠れていた。決して、怖くて隠れている訳では無い。 惣一郎は自らを囮にして、僕が一撃を決め込むと言う作戦だ。成功するとは思えないが『別空間への転移』が一人限定と言うことを祈って待機する。
二発、三発、七発、八発。惣一郎は撃つ手を辞めない。それでも男の歩く音は響き続ける。
「なぁ、それの何が楽しいのか俺にはちっとも理解出来ないな。俺は弾丸を全て止めてるのに君はずっと撃ち続けている。無意味無駄無謀だと思わないのか?」
「―――よく喋る男だ」
惣一郎が初めて男に対して口を開く。
「弾丸を止めれるから何だ、この場に足を踏み入れた時点で君の死は確定している。魔術師はそんな簡単な事も分からない馬鹿の集まりなのか?」
煽る様に、侮辱するかの様に言う。
だが、男は反応しない。精神が強いのか、それともただ単に話を聞いていないのか。今の僕にそれを知る方法は無い。
「…………残弾が少なくなってきたな。君にいい事を教えてあげよう。”取っておき”を見せてやる」
“取っておき”、そんなもの本当は存在しない。
俗に言う”ブラフ”と言うやつだ。
このブラフで男が身を守る態勢を取ってくれる事を願う。だが、現実はそう甘くない。
「ダウト。”取っておき”なんてモノ本当は無い、ただのハッタリだ。俺の右眼がそれを伝えてくれている」
惣一郎は銃のスコープを覗いて右眼を確認する。そこにはある筈のモノが無かった。
「まさかっ―――!?」
「その”まさか”だ。ほら、俺の右眼は既にお前の真後ろに転移済み。全て丸見えって訳さ」
惣一郎は振り返ると同時に宙に浮く眼球目掛けて発砲。しかし、弾が物体に当たること無く地面に命中。
男の右眼は一瞬で別の位置に転移。攻撃しようにも的が小さくて当たらない。
僕達は男の能力を見誤っていた。考えてみれば至極当然の事、空間を支配出来るなら自らの肉体を転移させる事も可能なのだ。
男の歩く速度が加速する。距離推定16m。
眼球に気を取られていた惣一郎は慌てて追加の武器を錬成する。レミントンM870を構えて男の頭部を狙うが、既に遅かった。
男の右手だけが惣一郎の目の前に現れる。
鏡の中に入れた手が鏡を通して出てくるかの様に、黒いモヤから男の手が惣一郎の顔面目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。
「はい、お疲れ」
男の声と同時に激しい打撃音が響く。
恐らく惣一郎が攻撃されて吹っ飛んだのだろう。
「まだだ…―――!!まだその時じゃない!」
惣一郎が叫ぶ。男の命を根こそぎ斬り取る準備をしている僕に向かって。
だが、このままでは惣一郎が一方的に攻撃されて下手すれば死んでしまう。そしたらもう一度遡行しなくてはならない。
遡行がするのはもう御免だ。
「惣一郎さん、ごめんなさい。ここからは僕の判断で行かせて貰います―――っ!!」
『太刀 鑢』を抜刀。
男の頭上、崩壊した天井から僕は姿を現す。
男は驚く事無く、無表情で右手を此方に向ける。使おうとしているのは転移能力、恐らくあの時と同じ。
転移させる条件が何かはまだハッキリしていない。惣一郎も右眼を転移させる瞬間を見てはいない。
それでも、やるしかない。
ここで斬らなければ全てが水の泡になる。一撃で、能力を使わせる前に、
「その首、貰い受ける――!『列狂・深紅桜』!!」
列狂・深紅桜。
自らの運と妖力を犠牲に淡い紅色を帯び、夜桜のように妖しくも美しい一閃を繰り出す術、発動。
刀は美しい弧を描きながら男の右腕を一刀両断する。痛みで男が少し怯んだ所にもう一発、先程とは別の妖術を。
―――我らの天に立つ全ての主よ。人ならざる者へ終焉を齎す、常世全ての悪を寂滅させるべく我に力を与え給え。
「『狂刀神ノ加護』!!」
二度―――否、三度連続で妖術を使用するのは久方ぶり、成功する確率は半々と行った所だろう。しかし、深紅桜を使った事によって運は激減。凡そ30%位だと思う。
それでも、やらなければならない。
―――重ねて、我らの天に立つ主よ。狂刀神ノ加護を以て我が『太刀 鑢』に力を。
「『神霊能力付与』!!」
全ての手順は終了し、場が整った。僕の刀が燃え上がるように紅く、煌めきながら存在を誇張する。
30%を引いた。豪運という訳では無いが、運が良い。
紅い刀身が男の心臓を捉える。この一撃で魔術師の命を終息させることが可能だ。
けれど、何かが引っ掛かる。大事なことを見落としている様な。
―――その思考を、現実が塗り替える。
僕の刀は虚空を斬っていた。何も無い、誰も居ない場所を一閃。男の姿は見当たらない、影すら無い。
それどころか、僕は知らない場所で突っ立っていた。
「―――……転移、されたんだな。二度目だと逆に冷静になれる…って訳では無いが、前よりかはマシだ」
現状を確認する。草木が生い茂っている深い森の中、近くで川の音が聞こえるが恐らく遠い。
現在地の特定不可能。言うなれば、詰み状態だ。
「ここで自害してもう一度戻るって手もあるが、僕が出来ることを探すのもアリだな」
転移させられたという事は、前回同様で向こうは惣一郎一人。今すぐ助けに行きたいが、先程も言った通り現在地特定不可能な状態だ。
「っそうだ、スマホ!スマホなら現在地が―――」
案の定、圏外。
森の中でスマホが使えないのは至極当然な話だ。そうだ、よくよく考えてみれば使えないのは当たり前、それなのに僕は一度希望を持った。狂っている。そんな当たり前の事が分からないなら”死んでしまえばいい”。
「―――……なんだ、この考え方は」
一瞬、僕じゃない思考が割り込んできた様な感覚に襲われる。自ら死を選ぶ、全てを諦めた方が良いと言う選択肢を選ぶ思考。
割り込んでおいて勝手に死ねと思うのは心底腹立たしい、そんなやつは生かして置けない、今すぐにでも”処分”しなければ、
「―――……だから、なんなんだこの考え方は!」
おかしい、この森に転移させられてから何かがおかしい。いやおかしいのは全部だ。思考、現状、全てがおかしい。ならば死んでしまえば、
「―――……死んでしまえば全て楽になる」
落としていた刀を拾って自らの首付近に刀身を持ってくる。これは僕の意思じゃない、今すぐにでも抵抗したいがそれは叶わない。
僕の体は既に”何者か”によって侵食されていた。
自害。二度目の自害だ。前回と違う点は自らの意思で斬ろうとしているかどうかだ。
膝を着いて自殺体勢に入る。息が荒い、呼吸がまともに出来ていない。それでも僕は刀を下ろさない。
刀身がそのまま僕の頸動脈を―――…………
「何やってんだ兄ちゃん。こんなとこで死なれると処理に困る、他所でやれ他所で」
男性の声が聞こえた。声からして50、60歳位の男性。
意識の主導権は僕に戻り、完全に制御出来るようになった。刀を投げて荒くなった呼吸を整える。
思ったように息が吸えない。
「お、おい大丈夫か兄ちゃん。ほら深呼吸しろ、せーのっ」
「すぅ〜……はぁ〜……すぅ〜……」
「ほら、これ水だ。落ち着いてしっかり飲めよ。所で兄ちゃんはどうやってここに来た?ここは俺しか知らない森だ」
男から貰った水を一気に飲み干して、冷静さを取り戻す。暫くして僕は正常な呼吸に戻った。
「水……ありがとうございました。えっと、僕がここに来た理由は―――……あ〜……なんて言えばいいのやら……」
「………まぁ、兄ちゃんには兄ちゃんなりの理由ってのがあるだろうからこれ以上は何も言うまい。それで、これからどうするんだ?」
男は持っていた猟銃を背負って僕に問いかける。
「どうする……ですか、帰り方も分からないし何をどうすれば良いのか僕にも分からないんです」
「………嘘、じゃねぇな。なら、俺の家まで連れてってやるよ。何か分かることがあるかもしれない」
「”嘘”?」
「あぁ、説明してなかったな。俺は”嘘をついているかついてないか”が分かるんだ。昔詐欺の電話が来た時にこいつのお陰で助かったって訳だ」
そう言うと男は僕に背を向けて森の中を歩き出した。あと少し僕の反応が遅れていたら見失っていただろう。刀を拾って影に収納、男の後を全速力で追いかける。
鳥の鳴き声や虫の音が全く聴こえない森。そして先程から誰かにずっと監視されているような感覚。一刻も早くこの森から抜け出したい。
「―――……兄ちゃん。まずいことになった、この森ってのは少々特殊でな…こんな感じで普通サイズよりデカい動物が現れんだ……」
男の視線の先で立っている二足歩行の熊らしき生物。 熊らしき、と言っても顔や体型は熊と一致しない。この様な生物がこの世界に存在するのか、僕は驚きのあまり自分の影に手を伸ばす。
「動くな、そのままじっとしてろ」
男はそう言って持っていた猟銃を構えて熊らしき生物の頭部を狙う。男と熊らしき生物が睨み合っているその隙に影から『太刀 鑢』を取り出して抜刀。
―――肉体強化。声を出して詠唱するのは流石にマズイので心の中で詠唱する。
体全身に力が入る。もしこの男が弾を外した瞬間、僕は全力でこの生物の首を叩き斬る。
「……………………。」
男はまだ撃たない。この一分一秒が長く感じる。
男はまだ撃たない。警戒しているのか、それとも。
男はまだ撃たない。狙いを正確に定めているのか、
「………………。」
男の体はまるで最初から生えていた木の様に微動だにせず狙いを定める。刻一刻と時間が過ぎていく。
ドンっと音と同時に痺れを切らした熊らしき生物が男の方へ一直線に走っていく。このままでは例え頭を撃ち抜いてもその巨体が男を吹っ飛ばすだろう。
僕は刀を強く握って戦闘態勢に入る。
すると、
「………………っ!!」
轟音、爆音、破裂音、どれにも該当しない程の音が森の中で響く。僕は咄嗟に耳を塞いで口を開く、鼓膜を守る手段の一つ。
弾丸は熊らしき生物の頭部に命中、勢いよく走っていた熊らしき生物の巨体が一瞬で反対方向に吹き飛ぶ。
猟銃一本であれ程の威力が出せるものなのか、有り得ない。あれの勢いはまるで砲弾だ。
「やれやれ、動くなと言っただろうに」
“動くな”は僕ではなく熊らしき生物に言っていた様だ。あの熊らしき生物に言葉が通じるのか?
疑問が次第に増えていくが今はそれどころじゃない。
「…………貴方、ただの人間じゃないですよね?」
僕の問い掛けに男は答えない。
猟銃を持ったままこちらを凝視している。
「………”嘘を見抜く”能力にその攻撃威力。魔術師…なんですか?」
僕の問い掛けに男は答えない。
猟銃を持ったままこちらを凝視している。
「………答えてください。貴方は魔術師なんですか?!」
僕の問い掛けに男は―――
「”そうだ”、と言ったらお前はどうする。若造」
全身の毛が逆立つ。まさかやはりそんな事がしかしそれでもならば……魔術師。
僕は肉体強化の術を解いて別の術に切り替える。
「―――艶陽叉昂ッ!!」
艶陽叉昂。太陽の光を吸収し莫大な力を発揮する術、発動。
まさか妖含め、3回連続で同じ日に魔術師に会うとは。運が悪いのか良いのか分からない。
だが、殺さなければならないのは同じだ。
「待て待て待て待て、冗談だ。俺は魔術師なんかじゃないしそんな大層な人間じゃない。だ からその光ってる刀を仕舞ってくれ」
………嘘、なのか。ましてや本当なのか。僕には分からない。だが、不安要素はここで斬り捨てておくのが一番だ。
「あ〜クソ、冗談で言ったのが良くなかったか……そうだな、言っちまうか」
「俺は『錬金術師』だ。ってもそこまで練度は高くねぇから強い武器等は作れねぇけどな」
男の口から、更に意外な言葉が出てきた。
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『遡行禍殃』第一章 5 を読んで頂きありがとうございます。第一章 5 のタイトルは『追撃』です。