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ゆゆゆゆ
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――終わりだ。
モニターの青白い光が、セブンの横顔を静かに照らしていた。
画面の中では、c00lguiが世界を喰っている。
サーバーが落ちる。
悲鳴が上がる。
チャットログが滝のように流れる。
まるで昔の自分たちのショーそのものだった。
Noliが脚本を書き。
セブンが舞台装置を作り。
観客は泣き叫ぶ。
そして二人は特等席からそれを眺める。
そんな夜を、何度繰り返しただろう。
『世界は僕たちの劇場だ』
いつかNoliはそう言った。
Adminを奪い取った夜。
空を反転させ、重力を消し、神になったあの日。
狭い部屋で手を引かれ、馬鹿みたいな即興ダンスを踊った。
『僕たちが主役だ』
あの時のNoliは、本当に幸せそうだった。
だが。
今。
セブンの腕の中にあるのはキーボードではない。
「あぅ……」
小さな声。
柔らかな重み。
赤ん坊だった。
玄関先に置き去りにされていた命。
クールキッド。
小さな指がパーカーの袖を握る。
その力は弱い。
けれど。
世界中のサーバーより重かった。
Noliと作ったどんなショーよりも。
ずっと。
セブンは静かにエンターキーを押した。
接続が切れる。
c00lguiが沈黙する。
まるで。
長い舞台の幕が降りるみたいに。
「……潮時だな」
その瞬間だった。
スマートフォンが震える。
表示された名前を見て、セブンは目を閉じた。
Noli。
相棒。
共犯者。
唯一、自分の隣に立てた男。
「もしもし」
数秒の沈黙。
そして。
『……なんでだよ』
声が聞こえた。
怒鳴り声ではない。
笑い声でもない。
ただ。
理解できない人間の声だった。
『なんで止めた』
モニター越しでも分かる。
Noliは今、画面を見ている。
世界中が炎上している光景を。
二人で作った最高傑作を。
『最高だったじゃないか』
ぽつりと呟く。
『覚えてるだろ』
『初めてサーバーを落とした夜』
『プレゼントを配ったクリスマス』
『神様になった日』
『ファミレスで徹夜した夜』
『僕たち、笑ってたじゃないか』
セブンは答えない。
答えられなかった。
なぜなら。
全部覚えていたからだ。
静寂のバグ。
繋ぎっぱなしの通話。
一時間以上何も話さなかった夜。
キーボードの音だけが響く空間。
それでも互いの考えが分かった。
誰よりも近かった。
誰よりも理解していた。
『僕たち最高だったろ』
Noliが言う。
『なあ』
『セブン』
その声は。
どこか懇願に似ていた。
「……ああ」
セブンは答える。
「最高だった」
本心だった。
嘘ではない。
人生で一番馬鹿で。
一番危険で。
一番自由だった。
『なら』
Noliが息を呑む。
『ならなんで降りるんだよ』
沈黙。
長い沈黙。
セブンは腕の中の赤ん坊を見る。
小さな寝息。
温かな体温。
何も知らない命。
「守りたいんだ」
小さく言った。
「今度は壊すんじゃなくて」
電話の向こうが静かになる。
「この子の父親になる」
完全な沈黙。
数秒。
十秒。
やがて。
Noliが笑った。
壊れたみたいに。
『父親ね』
笑う。
けれど。
その声は泣きそうだった。
『あのセブンが』
『世界を燃やしてたお前が』
『父親』
そして。
笑い声が止む。
『……そうか』
冷たい声だった。
けれど。
怒りではない。
絶望だった。
『じゃあ』
静かに言う。
『その子を見に行く』
通話が切れる。
それはまるで。
長い物語の最終章を告げるベルだった。
⸻
一時間後。
ドアが叩かれる。
Noliが立っていた。
夜の闇より黒い目をして。
部屋に入るなり、セブンの胸ぐらを掴む。
「僕を見ろよ」
声が震えていた。
「僕たち何年一緒だったと思ってる」
「どれだけ世界を壊した」
「どれだけ笑った」
「どれだけ――」
言葉が止まる。
セブンは気付く。
怒っているんじゃない。
怖いのだ。
取り残されることが。
一人になることが。
『君の隣に立つのは僕だけでいい』
昔言われた言葉が脳裏をよぎる。
他のハッカーを潰した夜。
あの時から。
Noliにとって自分は相棒以上だった。
「Noli」
「終わってない」
即答だった。
「終わらせない」
「終わったんだ」
「違う」
「終わらない」
まるで子供だった。
認めたくないのだ。
カーテンコールが来たことを。
舞台の幕が降りたことを。
その時。
隣の部屋から小さな寝息が聞こえた。
ほんのわずかな音。
けれど。
セブンの迷いを消すには十分だった。
「俺はあいつを育てる」
静かな声。
「お前との過去も」
「俺たちのショーも」
「全部置いていく」
Noliが動かなくなる。
長い沈黙。
やがて。
笑った。
諦めたように。
壊れたように。
「……本気なんだな」
「ああ」
「そっか」
Noliは背を向ける。
そして。
ドアの前で止まった。
振り返らずに言う。
「覚えてるか」
セブンは答えない。
「僕たち結婚したよな」
「婚姻届を出して」
「二人で指輪をつけて」
小さく笑う。
「馬鹿だったな」
それから。
最後に。
「さよなら、セブン」
ドアが閉まる。
ただ。
静かに。
幕が下りるように。