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「俺はどこまでいっても、滉斗にとっては『涼ちゃん』で、友達で、…どうしようもない。」
俺は何も言えず、黙ってリョーカを見つめる。
「だからさ、大森君は、涼ちゃんに伝えるべきだよ。言えるんだから。好きだって。ちゃんと自分として、言えるんだから…。」
リョーカは、初めこそ自暴自棄で、とんでもないヤツだと思っていた。でも、なんのことはない、ただ若井滉斗に恋する1人の人間だったのだ。
リョーカの話では、涼ちゃんが早めの就寝をした後、少し起きて、若井との時間を楽しんでいるらしい。出来るだけ、『涼ちゃん』を装って。それでも若井といられる時間が彼にとっては大切なのだろう。
俺はというと、最近涼ちゃんとはレッスンでしか会えず、鬱々としていた。
リョーカと関係が少しは良くなったものの、彼としてしまった事実は、変わらず俺の心に重くのしかかり続けていたからだ。
夜になると、余計に孤独に押しつぶされそうになる。この先、どうすべきなのかまだわからないが、このままでいいとは思えない。
思考が途中でこんがらがる。ああ、とにかく会いたい、涼ちゃんに会いたい。会って、抱きしめたい。抱きしめてほしい。
俺は時計を見た。まだ時刻は8時を回ったところだ。涼ちゃんに連絡を取ろうと思ったが、ふとリョーカのことが頭をよぎった。もし、すでに涼ちゃんが寝ていたら…俺は、リョーカに会いたいわけじゃない。しかも、リョーカの若井との時間を邪魔してしまうかもしれない。
俺はスマホを置き、ベッドで小さくなって、自分で寂しさを抱きしめながら、これが涼ちゃんの身体を汚した罰だと言い聞かせ、苦しんで眠りについた。
次の日、涼ちゃん不足に痺れを切らせた俺は、思い切って、レッスン終わりに涼ちゃんを誘った。
「ご飯?いいよ、若井も呼ぶの?」
「いや、今日は2人がいいかなって。」
「え…。」
涼ちゃんが少し困った顔をする。俺はドキッとして、しまった、2人は嫌なのかな、と焦った。
「僕らだけで行って、若井泣かないかな?」
「…泣かないだろ。」
俺は呆れた顔で言ってしまった。それに、若井に気を遣う涼ちゃんに、少し嫉妬を覚えた。
「若井!今日涼ちゃんちょっと借りるね!」
少し離れたところにいる若井に向けて、ワザとらしい許可を取る。若井は一瞬顔をあげ、俺たち2人を見たが、スマホに目を戻し、お〜、と手をひらひらさせて応えた。
街を歩きながら、何を食べるか相談しても、涼ちゃんは俺の好きなイタリアンのお店ばかりをピックアップしてきた。
「涼ちゃんの好きなものでもいいんだよ?」
「僕好きだよ、イタリアン。」
「…ほんとに?」
「うん、え、どうして?好きだよ!」
涼ちゃんの屈託のない笑顔に、俺も嬉しくなってしまう。俺に気を遣ってるんじゃなさそうだ、良かった…。
良さそうなイタリアンのお店でお腹を満たした俺たちは、コンビニで適当につまめるお菓子やスイーツなんかを買ってから、俺の部屋に帰って来た。
「なんか、元貴とゆっくり話したの、久しぶりだったね。」
「…そうだね。」
俺は、つい先日酒を酌み交わしたリョーカの顔が浮かんだが、涼ちゃんは、ずっと寝ていたのだったな…。
フンフンと上機嫌に鼻歌を歌いながら、お目当てのスイーツを開封している涼ちゃんを見て、俺は胸が熱くなった。ああ…涼ちゃんだ。俺の大好きな、涼ちゃんだ。
俺は、そっと涼ちゃんにしがみつく。
「元貴?どうしたの?あ、これ食べたかった?」
俺は頭を横にふった。涼ちゃんは、そっと俺を包み込む。
「もしかして、甘えてる?」
俺は「んなわけあるか!」と捻くれた部分が出て来そうになったのを抑えて、恐る恐る頷く。
「そっか、そんな日もあるよね。よしよし。」
背中をポンポンしたり、頭を撫でたり、涼ちゃんは俺を受け入れてくれた。あの夜だって、眠そうな俺をベッドでただ抱きしめてくれた。涼ちゃんの優しさは、いつだって俺のためで…あって欲しい。
涼ちゃんの中のリョーカは若井を好きで、俺は涼ちゃんが好きで、涼ちゃんは…。
「…涼ちゃん。」
「なぁに?」
「…俺、…涼ちゃん…が…。」
「………うん。」
「…涼ちゃんを、…取られたくない…。」
「…うん?誰に?」
「…若井。」
ブハッと涼ちゃんが吹き出す。
「どういうこと?なに、若井に取られるって。」
「笑わないで。」
涼ちゃんがビクッと動きを止める。
頭の中を、リョーカの言葉がこだまする。
『好きって言っちゃえば。だって、涼ちゃんも大森君のこと』
俺は、涼ちゃんの心を知るリョーカの後押しがなければ、自分の気持ちに素直になれない、とんだ小心者で、とんだ卑怯者だ。
「…涼ちゃんは、俺をどう思ってる…?」
「どう…って…、えと…。」
俺は涼ちゃんに抱きついたまま、眉を下げて懇願するかの表情で涼ちゃんを見つめる。わかってるんだ、涼ちゃんはきっと、こういう表情に弱い。
俺の予想通り、涼ちゃんは顔を真っ赤にして、とても焦っている。俺は、貴方の気持ちの欠片を手に入れた状態で、いわば勝ち確を得た状態で、貴方を困らせて喜んでいる。この時間を、心底楽しんでいる。
「…元貴、は、どうなの…?」
「俺がきーてるの。」
「あ、そっか…。」
えっとね、と涼ちゃんが姿勢を正して、少し咳払いをする。
「僕は、元貴が、…す好きです。」
顔を真っ赤にして、しかも噛んでる。可愛い、可愛すぎる、そして、愛おしすぎる。
「…どういう、好き? 」
尚も俺は問いかける。
「え…っと、どういう…。」
涼ちゃんの目があからさまに泳ぐ。そうだよね、怖いよね、貴方は俺の気持ちにまだ確証を得てないんだから。でも、もう少しだけ、俺の狡さをもって、この幸せな時間を味わわせて。
「…元貴は、どういう、好きなら、嬉しい?」
もう、また質問で返してる。俺は我慢できなくて、ゆっくりと顔を近づける。涼ちゃんの潤んだ瞳に、俺の顔が映っている。
そっと、触れるか触れないかの優しいキスをした。涼ちゃんは、動きが止まったままだ。
「こういう、好き、がいい。」
涼ちゃんの目から、一粒の涙が溢れる。綺麗だな、と俺は見惚れてしまった。
「ほんと…?ほんとに…?元貴、も、僕のこと…。」
「うん、大好き。」
「…うそぉ〜…ほんとにぃ…。」
涼ちゃんがボロボロと泣き始めた。俺は自分の袖で涙を拭いてあげる。涼ちゃんも、自分の袖を持って、両目を塞いだ。
「すっ…ごい嬉しい…。僕も、元貴が、大好き。ずっとずっと大好きだった…。」
肩を揺らして嗚咽混じりに改めて告白をしてくれた涼ちゃんを、ぎゅうっと力の限り抱きしめた。
「…今日、泊まっていってくれる?」
涼ちゃんが少し震えた。俺は軽く吹き出して、
「何もしないよ、安心して。」
と涼ちゃんの髪を撫でた。
「ただ、ギュッてハグをして、涼ちゃんと眠りたいなって。」
「…うん、僕も。 」
俺たちはしばらくの間、この幸せを逃さないように、しっかりと抱き合っていた。
お風呂を上がって、ホカホカの涼ちゃんが、ベッドに入って来た。お邪魔します…という姿がいじらしい。
「んー、どっちがいいかな。」
俺は、涼ちゃんを腕の中にしまったり、涼ちゃんの腕の中に収まったりして、寝心地を比べた。
「今日は、こうがいいかな。」
涼ちゃんの腕の中にすっぽりと収まって、顔を胸の辺りにすりすりと寄せる。
「ふふ…、元貴、なんかすごく甘えてくれるね、嬉しい。」
「…ほんとは、ずっとこうして素直に甘えたかった。でも、好きなんてバレたらダメだと思って、つい冷たい言い方とかしちゃってた。…俺、多分怖かったんだ、涼ちゃんに拒絶されるのが。…ごめん。」
「ううん、わかるよ。僕だって、元貴に気持ちがバレるのはすごく怖かった。だから、」
涼ちゃんが俺の顔を覗き込む。
「元貴が、今日気持ちを伝えてくれて、すごく嬉しかった。元貴のおかげで、僕も好きってちゃんと言えた。ありがとう。」
俺は、心の隅がチクンと痛む。違うよ、俺は、貴方の気持ちを知ってて…純粋な勇気を出してくれた貴方とは違うんだ。どこまでも狡いヤツでごめんね。
俺は、顔を乗り出して、もう一度キスをする。涼ちゃんも目を閉じて、静かに応えてくれた。
俺は、安心して、再び涼ちゃんの胸に頭を収める。
「…おやすみ、涼ちゃん。」
「おやすみ、元貴。」
涼ちゃんが頭を枕に置き直して、ポツリと呟いた。
「…僕、ファーストキスだ。」
ズキン!と心臓が破れそうなくらい痛んだ。涼ちゃんはやがて、幸せそうにすうすうと寝息を立て始めたが、俺は汗が溢れ出し、目を見開いたまま、手が震えた。
涼ちゃん…涼ちゃん…ごめんなさい…。
「おめでとう、大森君。」
頭上から、声が降ってくる。水の中にいるみたいで、聞こえにくい。俺はまだ手の震えを感じていたが、その手を掴まれ、ベッドに押さえ込まれる。
「いいなぁ、大森君。ちゃっかり涼ちゃんゲットしてんじゃん。」
「…お前が素直になれって言ったんだろ。」
「あは、確かに。」
クシャッと笑うと、そのまま苦しみをたたえた表情へと変わっていった。
「いいよなぁ、涼ちゃんも、大森君も、通じ合えて。羨ましいったらないよ。」
俺の両手を掴む手に力が籠る。俺はその痛みに顔を歪めた。
「…ねえ、しようか。」
「えっ…、…っ!」
俺の返事を待つことなく、乱暴にキスをしてくるリョーカ。俺は必死に口を閉じて顔を背けようとするが、噛み付くようなキスがそれを許さない。
「や…やめろ…っ!」
俺はなんとか顔を横に背け、声を上げる。
「お前、若井が好きなんだろ!?もう俺とする理由ないじゃんか!!」
「あるよ!!!」
リョーカが俺を上回る大声を出す。
「俺が、滉斗とどうにもならないの、わかるだろ…!目の前で涼ちゃんとイチャつきやがって、ムカつくんだよ!!」
リョーカの目から涙が溢れ出す。
「どうにもなんないだろ…俺は…。だったらせめて、埋めてくれよ。」
なんて寂しげな声を出すんだ…。リョーカがまた、俺の唇を舐めるようにキスをする。リョーカがキスをしてるのは俺じゃない。きっと、若井だ。俺は、諦めたように、体から抵抗の力を抜いた。
俺の脱力を確かめ、リョーカが下腹部へと降りていく。俺は、自分の顔を腕で覆う。心の中で繰り返し、涼ちゃんへ懺悔しながら。
リョーカが俺のモノを口に含む。声を出すもんか、と俺は必死に奥歯を噛み締める。荒くなる息をなんとか逃がし、リョーカに悟られないよう静かに呼吸をする。
だが、情けないほどに身体は正直で、俺はリョーカの愛撫にしっかりと応えてしまっていた。
「どこにしまった?」
リョーカが耳元で囁く。俺は一切答えず、腕で顔を覆ったまま動かなかった。リョーカは、どーせこの辺だろ、とサイドテーブルの引き出しを開けて、ローションとゴムを取り出す。
再びリョーカが下へと沈み、また俺のにゴムをつけようと口淫する。同時に、自分で穴をほぐしているようで、咥えながら小さく声を漏らしていた。
「…ずっとそうしてろよ、小心者。」
そう冷たく言い放って、リョーカが俺のモノに自身を沈めていく。うっ…と俺が声を漏らし、リョーカも深く息を吐く。
お互いに荒い息を繰り返し吐きながら、リョーカは俺の上で激しく動く。俺は、ともすれば泣き叫びそうになる衝動をなんとか抑えて、小さく声を漏らす。
「…ぅ…っ…りょ…ちゃん…」
リョーカが身体を下へと倒し、身体を密着させて俺の顔の横へと自身の顔を埋める。
「はっ…ぁ…ひろと…ひろ…」
俺たちは、お互いに顔を背け、お互いに別の相手を想いながら、その名を呼び続けた。なんて悲しい行為なんだろう。なんて虚しい行為なんだろう。
うっ、と小さく声を漏らし、リョーカが俺の上で果てた。しばらく、俺の上で肩で息をしていたが、ゆらりと起き上がり、またゆっくりと動き始める。
「出して、やるから、早く…イケ…。」
自分が果てた後はキツイのか、余裕のない表情で俺にキスをしたり、首筋や乳首を刺激したり、とにかく俺を終わらせようとしている。
俺も、必死に頭の中で涼ちゃんを想い浮かべながら、なんとか最後まで出した。
リョーカは、しばらく俺の隣に横たわり荒い息を繰り返していたが、ふぅ〜、と深く吐き出すと、ゆっくりと風呂場へと消えていった。
俺はようやく腕を顔から離し、ボヤける視界で空を見つめる。シーツ、変えないと…。あと、ローションとゴムを片付けて…。あとは、あとは…。
俺は、痺れる脳で必死に考える。明日の朝、涼ちゃんが目覚めた時に、ひとつの痕跡も、違和感も残していてはいけない。
リョーカが風呂から上がる前に、俺は全ての痕跡を消し、部屋のドアに背を向けベッドに横になっていた。ドアが開き、静かに中に入ってくる。スプリングの沈みを感じると、程なく寝息が聞こえて来た。
俺は、自分の心臓の音がひどく耳障りで、なかなか寝付けなかった。不意に、背後から呻き声が聞こえた。
「…ぅ…やめ…やめて、いゃ…。」
俺は振り返って、彼の様子を見る。
「い…やだ、…たす…けて、もとき…。」
涼ちゃんだ!涼ちゃんが、うなされている。俺はすぐに涼ちゃんを抱きしめた。
「涼ちゃん?大丈夫だよ、大丈夫だから。」
俺はしっかりと涼ちゃんを抱きしめながら、背中をさする。涼ちゃんはしばらく荒い息をしていたが、やがて落ち着いた寝息へと変わっていった。
彼が何にうなされているか、俺は察しがついた。おそらくは、『リョーカが生まれた時』の記憶ではないか。それは、リョーカだけが囚われていた記憶のはず。それが、涼ちゃんにまで襲って来ているということは…。
リョーカと涼ちゃんの、人格統合が始まっている…?
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