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3話
「……おはよ」
小さな声で、吉田仁人が呟く。
カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。
「おはよ」
すぐ近くから返事。
「……え、なんでいるの」
寝ぼけた顔で振り向くと、隣に佐野勇斗がいた。
「昨日、泊まったじゃん」
「あー……」
思い出して、少しだけ顔が赤くなる。
「……そっか」
「なにその反応」
「いや、なんか」
布団を少し引き寄せる。
「こういうの、慣れてなくて」
「かわいいね」
「やめて」
即答。
でも声は少しだけ柔らかい。
「ほんとさ」
勇斗が少しだけ近づく。
「付き合ったのに、距離あるよね」
「……だって急すぎたし」
「俺は待ったけど」
「待ってないでしょ」
「待ったよ」
さらっと言う。
嘘と本音が混ざった声。
「……ほんとに?」
「うん」
迷いなく頷く。
その顔に、仁人は少しだけ安心したように息を吐く。
「……そっか」
それから数週間。
「ねえ勇斗」
「なに?」
「今日さ」
カバンを持ちながら振り返る。
「終わるの遅くなる」
「どれくらい?」
「たぶん22時くらい」
「じゃあ迎え行く」
「え?」
即答だった。
「いいよ、そんなの」
「なんで」
「疲れてるでしょ」
「会いたいからいい」
さらっと言う。
仁人が一瞬固まる。
「……そういうの、ずるい」
「なにが?」
「断りにくい」
「じゃあ断らなきゃいいじゃん」
軽く笑う。
「……来るの?」
「行く」
「……わかった」
小さく頷く。
その顔は、少しだけ嬉しそうだった。
夜。
「おつかれ」
「……ほんとに来てる」
少し驚いた顔。
「来るって言ったでしょ」
「言ってたけど」
隣に並んで歩き出す。
自然に、当たり前みたいに。
「疲れた?」
「ちょっと」
「そっか」
少しだけ距離が近づく。
「じゃあさ」
「うん?」
「今日、俺んち来る?」
「……また?」
「また」
「最近それ多くない?」
「嫌?」
すぐに聞く。
「……嫌じゃない」
「じゃあいいじゃん」
「……まあ」
小さく笑う。
そのまま、少し沈黙。
「ねえ仁人」
「なに?」
「前より、顔いいよ」
「は?」
「ちゃんと笑ってる」
「……そう?」
「うん」
優しく言う。
「前より、好きな顔してる」
その言葉に、仁人は少しだけ目を逸らす。
「……それは」
「なに」
「勇斗のせいでしょ」
「いい意味で?」
「……いい意味で」
その答えに、勇斗は満足そうに笑う。
部屋。
「なんかさ」
仁人がソファに倒れ込む。
「ここ来ると、帰りたくなくなる」
「帰らなきゃいいじゃん」
すぐに返ってくる。
「……いや、それは」
「冗談」
少し笑う。
でも、半分は本気。
「でもさ」
「うん?」
「無理に離れる必要なくない?」
静かに言う。
「来たい時に来ればいいし、いたいだけいればいい」
「……それ、だいぶ甘くない?」
「いいじゃん」
軽く肩をすくめる。
「楽な方が続くよ」
その言葉に、仁人は少し考える。
「……確かに」
「でしょ」
少しだけ近づく。
「仁人が楽なのが一番」
その言葉は、もう自然に染み込んでいる。
「……ほんと、優しいね」
「普通だよ」
「普通じゃない」
すぐに否定する。
「俺、こんなに楽な恋愛初めて」
その一言に、勇斗は一瞬だけ目を伏せる。
(そうなるようにしたからね)
でも口には出さない。
「じゃあさ」
代わりに、少しだけ笑って。
「このまま続けよ」
「……うん」
迷いのない返事。
夜が更けていく。
「ねえ勇斗」
「なに?」
「俺さ」
少しだけ、ためらってから。
「前より、勇斗いないと無理かも」
その言葉は、無意識だった。
でも確かに本音。
「……そっか」
勇斗は静かに答える。
「それって重い?」
「全然」
即答。
「むしろ嬉しい」
そっと手を握る。
「俺も同じ」
嘘じゃない。
ただ、始まりが違っただけ。
「じゃあ」
仁人が少し笑う。
「ずっと一緒にいよ」
「うん」
優しく頷く。
「離さないよ」
その言葉に、仁人は安心したように目を細めた。
「……うん」
やさしい言葉と、やさしい時間。
疑う理由なんて、もうどこにもない。
だからきっと——
この関係は壊れない。
たとえ始まりが、嘘だったとしても。
今ここにある気持ちは、本物だから。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹