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定期テスト前の放課後。学区内の大きな図書館は、時間帯のせいか学生だらけで、静かだけどざわざわしている空気があった。
その一角、窓際の2人席。向かい合わせではなく、横並びで座っている。
周りに人はいなくて、取ろうと思えば結構スペースを取れるような席だが肩が当たるほど近い。
でも学校ではありえない距離でいられるから、2人ともこの空間が好きだ。
仁人は、ペンをくるくる回しながら数学のワークと教科書とにらめっこしていたが、
5分ほど筆が進んでいなかった。
ふと勇斗の方に身を乗り出して口を開く、
「……ねー先輩。ここわかんない。おしえて」
声は図書館仕様の小声だからか余計に甘く聞こえる。
勇斗はシャーペンを止めて、「ん?」と横目で覗き込む。
「どこ?」
勇斗が少し身を寄せる。
触れそうな距離まで顔を近づけて、仁人の指がノートを指さした。
「ここ。積分……なんか途中でわけわかんなくなる」
すると勇斗は、
「は?ここ?」
と呆れているような声を出したけれど、
すぐにノートをくるっと自分の方へ引き寄せて、
ペンを走らせはじめる。
「お前、これ簡単だって。
ほら、まず被積分関数を分けて、dxで積分すればいいの。それで境界代入すれば答えが出る」
声はいつもより抑えめで、低くて、近くで聞くとドキッとする。
筆圧が強めで、すらすら解いていく指先が妙にかっこよく見えてしまい、
仁人はにやにやした口元を押さえながら小さく笑ってしまった。
「ふふっ……ありがと」
そう言ってノートをまた自分の方に戻す。
その瞬間、
「お前、何笑ってんだよ」
小さい声だけど、ちょっと怒ってるような感じの声がした。
仁人はペンを握ったまま、いたずらっぽく勇斗の横顔を見つめてニヤニヤしながら返した
「なんでもない。……はい!集中して、先輩!」
挑発してるのか、甘えてるのか分からない声。
勇斗は一瞬たじろいだように目を泳がせ、
わざとらしく咳払いしてノートに視線を戻した。
「……あーもう。お前ほんっと邪魔してくんな」
と言ってるけど、
耳の先がほんのり赤い。
__________
10分ほどは静けさが戻ったが、
また仁人がそっと勇斗に声をかける。
「ねぇ先輩……ここ、見て」
「またかよ。何?」
勇斗が屈むようにして身を寄せると、仁人の髪がかすかに頬に触れて、2人ともわずかに動きが止まった。
図書館だから余計に声も息も全部聞こえる。
仁人はその空気の変化に少しだけ笑って、
「これの証明、意味わかんないんだけど。」
と、視線を勇斗に向ける。
勇斗はため息をついて仕方なしに教えてやるふうに見えるけど、その顔は確実に構ってもらえて嬉しいわんこだ。
「……もう、」
とぶっきらぼうきペンを取り上げ、
「ここはこうやってさ、要はこの式を使って、同じ形に揃えてあげればいいだけ。わかるだろ?」
声は相変わらずの小声だけど、
その低さと優しさの混ざった音だけで、
仁人の胸がじんわり熱くなる。
「へぇ……かっこいー」
「は?何つった」
「なんでもないってば。続けて先輩。教えて」
またイタズラみたいに笑う仁人に、
勇斗はペン先で机を軽くつつきながら、
「……うぜ〜」
と呟いた。
でもその言葉は、
どこか楽しそうで、嬉しそうだった。