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#執着
猫とろ
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#初恋
金子りさ
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「ごめん、なんだか説教臭くなってしまって悪かった。とりあえずは一旦心に留めといてくれたらいい。そうだ。気分転換も兼ねて、スカイレストランで食事にでも行こう。知佳の好きなものをたくさん食べようか」
潤の声も表情も明るいトーンになり、部屋に漂う空気もさっと軽いものが広がる。
なのに私の心は何も変わらなかった。憂いが静かに募るばかり。
まだ色んな感情が胸の中に散らばっていて、何が食べたいかイメージ出来ない。
これ以上の沈黙は気まずい。心に積もった憂いを無理やり払うように、硬くなった舌をぐっと動かした。
「私のことは大丈夫だから。今日は潤の好きなものを食べましょう? 何がいいかな」
潤を見つめて、にこっと微笑んだつもりだったのに、なんだかちゃんと笑えなかった。
潤の整った眉が怪訝そうにピクリと動く。また気持ちが焦る。
我ながら不器用にも程があると思った瞬間、潤の顔から笑顔がふっと消えた。
「──やっぱり納得してないか」
はぁと、重いため息と言葉が潤の口から漏れた。
え、と返事をする前に腰にまわっていた潤の手に力が込められて、気が付けばドサッとベッドの上に押し倒されていた。
私の周りにネクタイやベスト、ジャケットが散らばっている。その仲間になった感じがした。
背中に感じるベッドの感触が、いつものそれと違う。見上げる天井の景色も違う。
そして──潤の表情もいつもと違うような気がする。
ホテルの落ち着いた照明のせいだろうか。
なんだか潤の瞳の奥に、ギラつく何かが見えるような気がした。
潤が上に覆い被さり、その長い手足にベッドの上での逃げ場をゆっくりと塞がれていく。
「知佳。どうしたら俺だけのことを考えてくれる?」
「潤……?」
はらりと潤の前髪が揺れる。
「俺はそのままの知佳を愛してる。変わらなくても、何もしなくてもいい。俺は知佳のものだと伝えているのに……知佳が俺のものにならない」
潤の切なげな声と行動に動揺する。
私は潤を傷つけてしまったのだろうか。
心当たりがなく、今の潤が望んでいるであろう言葉を必死に吐き出す。
「わ、私は潤の奥さんになって、既に潤のものです。今回のことは私が急に変わろうとしたから、私らしくなかったのかも」
「……知佳」
「そうそう、お化粧だっていつでも出来るし……私、仕事ばっかりしていたから、その辺りの調節が不器用だったんだと思います。ねぇ、潤。だから、気分転換に早く食事に行こう?」
だから、そんなに傷ついた顔をしないで。
こんなに潤が近いのに、遠いと感じたのは初めてだった。もう一度、今度こそちゃんと微笑もうとすると、潤が指をすっと動かした。
「──ここが手に入らない。ここが俺の手に堕ちない」
トンと、長い指先が触れた場所は私の心臓だった。
服越しでも分かる潤の指先は冷たくなく、痛いくらいに熱い。
氷のような私の心臓が、潤の熱でゆっくりと溶かされていく。そんな感覚が、確かにあった。
潤は私の心臓から指先を離して、流れるような動作で眼鏡を外した。そのまま、どうでもいいようにベッドの下に落とす。
かしゃんと響く音が、割れたガラスの音によく似ていた。
「知佳、俺はとっくの昔に知佳に本気になっている。契約結婚を契約で終わらせるつもりは、初めから毛頭ない」
潤の告白にごくりと息を呑む。
それはつまり、最初から私のことを──?
だったら、なぜ契約を持ち掛けたのだろう……。
だめだ。頭が上手く回らない。
それでも、私の真ん中にずっとある気持ちを言いたい。
「わ、私、」
私もずっと好きでした。
十年前からずっと。
それを言いたいのに、私の上に覆い被さる潤の圧倒的な色香──じゃない。これはさっき潤の瞳の奥に見たものの正体だ。
それは、男性が持つ原始的な支配欲。
それを間近で垣間見てしまい、今は告白出来るタイミングではないと思った。
「今食べたいのは、知佳。それ以外は何もいらない」
「潤、今は週末じゃなくて……」
「じゃあ、前借りをしよう。俺は今、知佳を抱きたい。今は俺だけのことを考えて……知佳」
言葉は酷く優しいのに、潤の指先は容赦なく私の下半身へと向かい、しゅるりとスカートの中に侵入した。
「あっ」
太ももを這う指。ゆっくりとスカートの中を進む指先がたまらない。
ストッキングの上を淫らに滑る指先は見えなくても、今までどんなふうに動くか知っているから、背筋がゾクゾクした。
潤の指先がストッキングと下着に掛けられたかと思うと、ぐいっと一気に膝上まで下げられた。
しゅっと短く響く衣擦れの音が、鋭く神経を揺さぶる。
「!」
「知佳の好きなバックから、ゆっくりと突く体位も、挿入したままキスをずっとするのも、前に反応がよかった、入り口を浅くずっと長く掻き回すのも……知佳の好きな気持ちいいことを全部やるから──知佳を今すぐに俺にくれ」
下着を降ろされ、具体的な恥ずかしいことを言われて、私にはもう抗う余地がなかった。
出来るのはかろうじて、太ももをもぞもぞと動かすぐらい。
潤の裸眼の瞳に射抜かれて、思考が潤一色に染まる。心が潤の|感情《思い》で溶けていくようだ。
私は何も考えなくても、潤が全てを与えてくれる。
私は最初から愛されていた。
だったら何も変わることなどしなくていい。それが潤の望み……それに身を委ねるのが『堕ちる』ということなのだろうか。
堕ちた先には、きっと潤が優しく受け止めてくれる。
私だって潤を受け止めたいのに……今は言葉より体なのだろうか。分からない。多分、どちらも正しいのだろう。
「知佳」と名前を呼ばれて、私は考えるのをやめて、静かに潤の首筋に手を回した。
その指先に感じる指輪を通した鎖の感触。この繊細な感触にも慣れた。
今はただ、いつものように『抱いていいよ』の意思を見せるのだった。
コメント
1件
第31話、読み終えました…🥀 潤の「本気」の告白、すごく重くて熱かったです。「ここが手に入らない」って心臓を指すシーン、ゾクっとしました。契約結婚が最初から本気だったって台詞、知佳の気持ちが追いつかないもどかしさも伝わってきて…。でも知佳も「ずっと好きでした」って心の中で言ってたのが切なかった。まだ言えない、言うタイミングじゃないって思っちゃう知佳の性格、よく分かります。二人の温度差と、でも確かに通じ合ってる感覚が絶妙でした。