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上原さんの一件から二週間ほど経った。上原さんや上原専務から、私に何か連絡が来ることは何もない。
SNS上では『Uehara』がアカウントを突然引退し、海外留学するとエンタメニュースでチラッと見かけた。
彼女なりに思うことが、色々あったのだろうなと思う。
潤も特に普段通りだ。依頼した弁護士の方から上原専務の謝罪があり、正式に受け取ったと聞いた。
私もそれで何も問題ない、このまま何事もないと思った、その矢先。
一週間前くらいに、私が微熱を出してしまった。微熱だし、きっと大したことはない。
いつも通りに解熱剤を飲めば大丈夫だと二、三日ほど騙し騙しに過ごしていたら、とうとうダウンしてしまった。
その時に潤から真剣に心配されたし、無茶をするなと本気で怒られてしまった。
そして潤が看病のために会社を休むと言い出したので、私は慌てて会社に連絡して有給申請をして、三日ほど休むことにした。
発熱と微熱の繰り返しが続き、やっと昨日になって熱が引いた。
今日、体調に問題がなかったら出勤する手はずとなっている。
そんなことをぼんやりとベッドの上で考えていると、眠気がだんだんと遠のき、完全に目が覚めた。
「ん……」
ごそっとベッドの上で寝返りを打つ。
ここは私の自室。
ベッドも前の家から持って来た、慣れ親しんだシングルサイズのものだ。
発熱のために潤と一緒に寝るのを控えていた。
いつも潤の部屋の大きなベッドで寝ていたから、少々硬いマットレスが逆に新鮮さを感じさせた。
そしてベッドサイドに置いてあった体温計を脇に挟んで、少しするとピピッと音がした。
体温計を見ると、36.5度の表示。平熱だ。
「うん。熱ももう大丈夫」
上体を起こして、ぐっと背伸びをして大きく深呼吸する。
倦怠感は少し感じたが、じきに薄れていくと思った。
時間はアラームが鳴る前の十二時前。今日は半休で午後からの出勤なので、今から食事をして出勤しても十分に間に合う。
──ネイルもしないし問題ない。
「ネイルシート、使ってないやつがまだあったな」
ふと、自分の爪を見つめる。
そこには飾り気のない、整えただけの爪先。
「今度、実家に帰るとき妹にシートあげよう」
未使用のネイルシートはオフィス用のものじゃなくて、デザインがされたもの。
マスタードイエローとホワイトカラーの大人可愛いデザイン。
新品だし、妹も喜んでくれるだろう。
潤とのデートに付けようと思っていたが、なんとなく機を逃してしまった。
──とりあえず、起きよう。
潤はとっくに会社に出勤していて、この広い大きな家に今は私しかいない。
身支度をしようと時計のアラームを止め、ベッドから降りて、静かで明るい時間を寝起きの体に馴染ませる。
洗顔などをすませて、パジャマから出勤用の服と薄化粧に身を包み、キッチンへと向かった。
この広いダイニングもリビングも見慣れたが、一人だと、まるでモデルハウスに紛れ込んでしまった感覚はまだあった。
冷蔵庫をぱかりと開けると、中にはフルーツがどっさり入っていた。
オレンジにグレープフルーツ、みかんジュレ。桃の缶詰。シャインマスカットにマンゴー。メロンまであった。
冷気と共に香る、フルーツの甘い芳香は食欲を刺激する。
これらは全て潤が私の為にと買って来たもの。
潤は私が熱で食欲がないと知ったら、フルーツをどっさりと買って来てくれた。
本人も『買い過ぎたとはわかっていた。けど、これなら知佳が食べてくれるかなと、思うと品数が増えてしまった』と、反省していた。
それを思い出してくすっと笑う。
潤は市役所の時といい、私のことで慌てるといつもの冷静さを欠いてしまうのかなと思った。それが可愛いと思ってしまうけど、潤には秘密。
「昨日カットした、オレンジとメロン。あと、シリアルを食べて行こうかな」
それと中途半端に残っていたチーズとパンチェッタ。これとレタスで簡単にサラダを作ろう。
ブランチにはしては、ちょっと豪華。
あとは日常のいつも通りの風景。そう、いつも通りでいい。
食事の用意をしながらふつふつと思う。
熱が出た原因は診てくれたお医者様が言うには、疲れが溜まったからだろうと、言うことだった。付き添いで一緒に来てくれた潤も、環境の変化に上原さんの件で、心労が表面化したと思うと言っていた。
どちらの意見もその場で頷いけれども、私はどちらも違うと思っていた。
レタスを水で洗い、キッチンペーパーで水分を取ったあとザクザクと手でラフに千切る。
本当のところは考えすぎて知恵熱が出たと思う。
それは潤に再度『変わらなくていい』『とっくの昔に知佳に本気になっている』『契約結婚を契約で終わらせるつもりは、初めから毛頭ない』と言われたことがきっと原因。
「そう、そのことについて私が考えすぎたから、熱が出た……」
用意しておいたガラスのボウルにレタスの葉がふんわりと重なったところで、キッチンバサミでチーズとパンチェッタを細かくカット。
仕上げにオリーブオイル少量を回しかけたら完成。
レタスの鮮やかな緑色とチーズの乳白色。パンチェッタの薄いピンク色。
そこにつやっと輝くオリーブオイル。簡単に作ったサラダでも、それなりに見えた。
「岩塩は要らないかな。チーズとかの塩気があるしね」
こんなもんだろうと使用したキッチン用品を片付けて、シリアル、サラダ、カットしたフルーツを広いダイニングテーブルへと運ぶ。
席について「いただきます」と、窓から注がれる光に向かって呟く。
まずはサラダから手を伸ばす。
二週間前のあの日。
潤にホテルで激しく抱かれた。全てが終わったあと、微睡みの中に落ちる前に、潤に言われた言葉の意味を尋ねた。
──本気になっているって、それは十年前から?
それともSACRAで再会した時から?
そう尋ねると『さっき言った言葉通りの意味だ』と微笑まれた。
そして「おやすみ」と囁かれると、私は気怠さからすぐに睡魔に包まれた。
私はそれから愚直にも、言葉通りの意味を悶々と考えてしまったのだ。
「きっと、それ以上でもそれ以下の意味なんて無いのにね」
サラダを食べ続け、口中に塩気が回りかけたところでシリアルを口の中に運ぶ。
コメント
1件
みぅ🤍🥀です。読み終えたよ。 知佳ちゃん、微熱からダウンしちゃったんだね……。潤くんがフルーツをたくさん買ってきてくれたところ、優しいけどちょっと不器用で可愛いなって思ったよ。それに、「契約結婚を終わらせるつもりはない」って言われたことを考えすぎて知恵熱が出ちゃったっていう知佳ちゃんの気づき、すごくわかるな。考えすぎちゃうタイプなんだろうね。 サラダ作ってるシーンとか、日常が丁寧に描かれていて、読んでて温かい気持ちになったよ。シリアルとサラダとフルーツのブランチ、素敵〜。