テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
部屋には暖かい空気が流れていた。テレビからは年末特番の賑やかな声が響き、窓の外では雪が静かに舞い降りている。こさめはソファーに深く腰掛け、隣でスマートフォンを弄るすちに向かって嬉々として語っていた。
「それでな、今日大学の課題でチーム組んでるなつくんがな、急に真面目な顔して《こさめって可愛ええよな》とか言うてきたんよ!突然なんやねん!めっちゃびっくりしたんよ!」
こさめは関西訛りを交えた早口で捲し立て、自分の言葉に自分で笑いながら両手をブンブン振る。その無邪気な仕草が妙に可愛く、そして痛かった。
『……へえ』
すちの返事は短く乾いている。液晶画面越しの瞳は微動だにせず、指先だけがスワイプの音を立てる。それなのに胸の奥が締め付けられるような熱を感じるのはなぜなのか。
「それでな、こさめが冗談言ったらね!なつくんも照れちゃって、耳まで真っ赤になっとってな!」こさめはなおも続け、「やっぱ男子大学生なんてみんなガキみたいなところあるんやなぁ」
不意に、すちの背筋に冷たいものが走った。彼女の唇から滑り落ちる名前――”なつくん”。親しみを込めた呼び方、二人きりの空間で紡がれる他者の存在。喉元に苦い塊が詰まりかける。
『……そいつとよく遊ぶんだ?』
ようやく絞り出した声は掠れていた。こさめが不思議そうに首を傾げる。
「え?たまーに飲みとか行くくらいかな。でも最近忙しいみたいで……あ、この間の合コンはこさめが断ったんよ?ちゃんと報告したやろ?」
焦ったように付け足す彼女を見ても、胸の澱は晴れない。むしろ膨張していくばかりだ。
すちは俯き、膝上の布団を握りしめる。ここ数日、こさめのスマホ通知欄に現れる”なつくん”の文字が気になって仕方なかった。今日も帰りが少し遅く、「レポート手伝ってもらっとった」という言葉の裏側を勝手に想像してしまう自分が情けない。それでも止まらない独占欲。
「……すちくん?」
覗き込む水色の瞳が純粋すぎて、逆に耐え難い。頭の中で警鐘が鳴り響く。早く止めなければ。だが――
『……ハァッ』
ついに深い溜息が漏れた。それは苛立ちでも落胆でもなく、自分自身への諦めのようなものだった。
こさめの肩がぴくりと揺れる。
「……ごめん、何か怒らせた?」不安げな声。
すちはゆっくり顔を上げた。冷静にならなければと思う反面、喉がカラカラで言葉が出ない。沈黙は雪のように部屋を重く埋めていく。
「あの、ほんまちょっと雑談しただけやってん。気に障ること言ってたら謝るから…」
必死にフォローする彼女を前に、理性の糸が切れかかる。傷付きたくない。傷付けたくない。けれど目の前の現実は――
『……別れよ』
口をついて出た瞬間、自分でも驚いた。こさめが瞠目する間に立ち上がり、リビングを抜け出す。「待って!」と背中に刺さる叫びを振り払い、ダウンを掴み、玄関へと向かう。ドアノブに手をかけたところで一度だけ振り返った。目を見開いて固まる恋人。その姿さえ胸を締め付ける。
バタン。
扉が閉じた音と共に、雪混じりの冷気が肺を刺した。
…何が起きたんだろう、こさめすちくんのこと怒らせちゃった?どうすればいいの?考えるほど混乱する思考。けれど今すべきことは一つだけ。
玄関へ飛び出し、半ズボンにすちくんのパーカーだけで夜の街へと飛び出した。冷たい風が素肌を切り裂き、吐く息が白く凍る。
すちくん、どこ……
人影を探す中、足元のサンダルが擦れ、ヒリヒリとした痛みを訴える。それでも止まれない。公園、コンビニ、路地裏――どこにもいない。…一旦スマホででも謝ろう。そう思いポケットを探す。だがスマホがない。忘れてきたんだ、そう思い家まで戻る。
マンションの下に着く。鍵を出そうと思ったその時気づいた。…鍵もない。オートロックのドアの前で途方に暮れる。家には戻れない。寒さだけが増してゆく。泣きたくなる。でも……
「こんなところで泣いてちゃあかん」
呟いて自分を奮い立たせる。どこか暖かいところ……そうだ、すぐ近くの公園のベンチなら。
辿り着くと雪が肩を濡らしていた。木製のベンチに腰を下ろし、膝を抱える。体温が奪われていく感覚。目を閉じると浮かぶのはすちくんの顔だけ。
「すちくん……」
小さく呼んでみた。応えてくれるわけもない。意識が遠のく直前、微かに祈る。
どうか、どうか届いて――
#AIノベル
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!