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雫石しま
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cafe’里奈の工事は進んだ。
茅葺き屋根はそのままに、多少痛んだり雑草が生えていたものは青年団の高田さんたちが率先して整えてくれた。納屋をぐるりと囲んでいた梅の木は枝切り鋏で剪定して、流れる小川はそのまま残し、底に川砂利を敷いた。朝の陽が差し込むと、茅葺き屋根の隙間から柔らかい光が漏れて、縁側にまだら模様を描く。
小川のせせらぎが、ずっと耳元で優しく響いてる。川砂利を敷いたばかりの底は、まだ白くてきれいで、足を浸せば冷たくて気持ちいい。高田さんが「ここ、夏になったら子供たち水遊びできるよな!」って笑ってたっけ。 私は縁側に座って、工事の進捗をスマホでメモする。
カウンターは古材で作ってもらって、木目が優しくて触るたび温かい。琉球畳を敷いた小上がりも作った。これで、足腰の悪いおばあちゃんや、小さな赤ちゃんも遊ぶことが出来る。
棚は拓也さんが「里奈のコーヒー豆、ちゃんと並べられるように」って選んでくれたやつ。まだ商品は並べてないけど、想像するだけで胸がわくわくする。
メニューはシンプルに。
里奈ブレンドのコーヒー、村の野菜を使ったサンドイッチ、干し柿のタルト、味噌汁(季節限定)。おばあちゃんたちの手作りクッキーやジャムも置かせてもらおうかな。 拓也さんが裏から出てきて、汗を拭きながら座る。
「カウンターの塗装、終わったぞ。匂いきついから、今日は窓全開で」
「ありがとう……拓也さん」
私は拓也さんの隣に座って、肩を寄せる。
「もうすぐオープンですね」
「うん。里奈カフェ、楽しみだ」
青年団の高田さんが、工具箱持って顔を出す。
「伊藤さん、看板の文字彫り終わったよ! 剛くんと一緒に彫ったんだ」
看板を見せてくれる。木の板に、力強い筆文字で「cafe’里奈」。下に小さな雪だるまのイラストまで彫ってある。
「これ……可愛い」
私は笑って、看板の前に座り込む。子供の身長くらいある大きな看板。身が引き締まる。高田さんが照れくさそうに頭を掻く。
「伊藤さんが村に来てから、みんな元気になったからな。恩返しだよ」
夕方、工事の音が止まって、みんなが帰っていく。拓也さんと二人、縁側に座って、完成した納屋を眺める。茅葺き屋根が夕陽に染まって、優しい橙色。小川のせせらぎと、遠くの鳥の声。
「ここで、コーヒー淹れて、みんなを迎えるんだね」
拓也さんが私の手を握って、俺は毎日一番乗りで来るよ。『今日の里奈コーヒー』って注文して」 私は拓也さんの肩に頭を預けて、頷く。「一番の常連席、拓也さんのものです」 春の風が、梅の木の新芽を揺らす。
雪解けの水が、小川をさらさら流れて、村を潤す。里奈カフェは、もうすぐオープン。
社畜の私は、もういない。
春の河内村で、婚約者と一緒に、みんなの笑顔を迎える里奈ちゃん。 最高じゃん。本当に、楽しいんですけど、この新しい季節が、ずっと続きますように。