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貴方のために貴方になります

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貴方のために貴方になります

1 - 貴方のために貴方になります

♥

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2024年04月08日

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2年前、突然恋人が失踪した。


喧嘩したわけでも、別れたわけでもない。

それはもう、自然に失踪したんだ。


当然探し回った。

でも、どれだけ探しても、何一つ見つからなかった。



「ただいま。司くん。」


「…は?」


2年前に失踪したはずの恋人は、いとも自然にそう言ってのけた。


「類…類なのか?本当に?!」

俺は思わず掴みかかった。


「わっ!もう、どうしたの?僕は僕だよ。」

そう言って口元に手を当て、ふふっと笑った。


「類…類…!!!」

俺は力いっぱい類を抱き締めた。


「全くお前と言う奴は…!!もう一生、絶対に離さんからな!!」


そう言うと類は力強く俺を抱き締め返した。


「…うん、ごめんね。もう絶対離れないよ。」

そう言った類の声は少し震えていた。

その声を聞いて、俺は思わず涙が出そうになる。


その日は類を抱き締めながら寝た。

この2年間俺は思うように寝付けなかったが、表しきれない安心感が俺を包み、その日はぐっすり寝られた。




「何をしているんだ?」

俺は鏡の前にいる恋人に尋ねた。

類の手にはコンシーラーが握られている。


「つ、司…くん!おはよう。随分と早起きだね。」

類は少し動揺しているようだった。

何かを隠しているのか…?


「!類、腕を見せてくれ!」

「う、腕?」


俺は半ば強引に腕を掴み、確認した。

「……よかった。傷を隠そうとしてた訳じゃないんだな。」


類はたまに自傷をしていた。

1度怒ってからは辞めたようだが…


「傷…って、あぁ、自傷だと思ったの?大丈夫、もう絶対しないよ。」

類は少し安堵しているようだった。


「なら何故コンシーラーを?」

「えっと…ちょっと隈がね…」

たしかに、類の目下には隈がある。


「寝れなかったのか…?大丈夫か?」

俺は心配になり、類の顔色を伺う。


「司くんのせいじゃないよ!…ただ、少し寝覚めが悪くてね…」

もしかして、この2年間で何かあったのだろうか。


そういえば、この2年間、類はどこにいて何をしていたのだろう。


聞くなら、今だろうか……


そう思ったが、結局やめた。

何故かは分からないが、それを聞いたらもう二度と類に会えないような気がしたからだ。


「今度、アイマスクか何か買ってみるか。」

「うん、ごめんね。」


ほんの少し、類の顔色が良くなった気がした。





______________________


今日は2人で近くのカフェに来た。

久しぶりのデートだ。


「類、何頼む?あ、ラムネのパフェとかあるぞ。」

俺はメニュー表を類の方に差し出した。


「え?本当?じゃあそれにしようかな。」


類はラムネのパフェ、俺はケーキセットを注文した。


「んっ、これ美味しいね。けどちょっと甘すぎるかな。」

類はパフェを1口頬張り、水を飲んだ。


「む、甘いの苦手だったか?」

「あぁ、いや。好きなんだけど久しぶりに食べたものだからね…」


これも、2年間の出来事に関係しているのだろうか。

本当に、何をしていたんだろう。






やっぱり変だ。


恋人がおかしい。


これは本当に俺の類なのか?


何を言ってるんだと思われるだろうが、恋人だから分かる。


誰よりも近くで、ずっと類を見てきたから。


この間、ふと水族館に2人で行ったのを思い出してその話をした。


「そういえば、水族館でも類ははしゃいで大変だったなぁ…覚えてるか?イルカショーがどうしても見たくて、次の日にイルカショーだけ見に行ったんだよな。」


その日はイルカショーがたまたまない日だったらしい。

類は酷く落ち込んでいたから、俺が明日も行こうと提案したんだったか。


「え?……あぁ、そんな事もあったね。ふふ、懐かしいな。」

一瞬だけその反応に違和感を感じた。


まぁ、2年以上前の話だから、思い出すのに時間がかかるのは不自然ではないが…


俺が感じたこの違和感の正体は、後に明らかになった。



思い出話をすると、必ず答えるのに間が開く。

それと、自分からは「こんな事もあったよね」と言う話をしない。

もしや記憶喪失……?

と思った事もあったが、恐らく違うだろう。

これは証拠とか無くただの勘だが。



「そういえば、最近は演出の本を読んだりロボット作ったりはしないんだな。」

特に責め立てるわけでもなく、ただ疑問に思ったから聞いてみた。


「えっ…あぁ、それは…まぁ、色々ちょっとね。」

「それより、司くん。今度はどこへ行く?そうだ。面白そうな映画を見つけてね…」


何故、少し気まずそうな顔をしたのだろう。


いや……本当は薄々気付いている。



この違和感の正体を、俺は知っている。



なのに、認めたくないから、こうやって何も言えないんだ。



夢を見た。


懐かしい、恋人の夢だ。


夢の中の恋人は、ゆっくりとこちらに歩み寄って来た。


『何故そこから動こうとしないんだい?』


よく見ると、俺はぽつんと椅子に座っていた。


「分からない…けど、立てないんだ…」


謎の重力のようなものが働いているのか、俺はそこから動けそうになかった。


『それなら、ほら。手を出して。』


俺は言われた通りに類に手を差し出す。

類は優しく俺の手を掴み、引き上げた。


不思議と重力のような圧は無くなり、体が軽くなった。


『これでもう大丈夫。君はもう、大丈夫だから。』

類は俺を優しく抱き締めた。

ふわりといい香りが漂う。


「類……すまない、ありがとう。」


類はニコッと微笑み、少し寂しそうに歩き始めた。

俺は直感的にもう類には会えないと思った。

…それでも、追いかけることはしなかった。


だって、類は俺にもう大丈夫と言ったんだから、何も心配はいらないだろう。





俺は静かに目を覚ました。

隣で寝ているはずの恋人はいなかった。


時計の時刻を見ると、午前4時となっている。


ふと、洗面所の方で音がした。


俺は静かに洗面所に向かう。

不思議と心は穏やかだ。



「……やっぱり、そうか。」

「!!」


洗面所にいた人物は、コンシーラーで目元のほくろを隠している途中だった。


「通りで寝不足なわけだ…」

俺は静かに苦笑した。


「あ…えっと、何故…」

そう言った声はか細かった。




「冬弥、少し話そう。」






2年前、神代先輩が亡くなった。

ショーの最中に事故が起き…


…司先輩の目の前で亡くなった。


そのショーは…史上最悪と言ってもいいだろう。

到底、見ていられなかった。


草薙や鳳はもちろんの事だが、司先輩の取り乱し具合と言ったら…もう、思い出したくない。



そんな中で、俺は最低な事を考えた。

神代先輩は、ステージの上で最期を迎えた。

客席から一瞬見えた顔は、驚いて焦っているようにも見えたが…満足そうにも見えた。

ステージで最期を迎えるなんて、なんともあの人らしいと。


…我ながら最低だが、少し羨ましかった。



通夜、葬式を終えた後の約1年後、司先輩が変だと草薙達から相談を受けた。


草薙は傷心しきっていたが、神代先輩が死んだという事実は受け入れているらしい。


鳳は未だ信じられない…いや、信じたくない様だった。いつもの元気がなかった。


「司先輩が…神代先輩を探し回ってる?」


「うん……なんか、失踪したと思ってるみたいで、」

草薙は少し話しづらそうだった。


「それで…相談というのは?」


「司に…類はもういないって、言ってあげて欲しいの。本来なら、私達の役目なんだろうけど…」

草薙は申し訳なさそうに肩を竦めた。


「いや、頼ってくれて嬉しい。それに、草薙も辛いだろう。俺が引き受けよう。」


「あ、ありがとう…!」



そこから、俺は司先輩に会いに行った。


…が、どうしても神代先輩が亡くなったとは言えなかった。


いざ、こうして司先輩と向き合うと、何を言えばいいのか分からなくなった。


俺は…俺は、司先輩に何が出来るだろう。

今までお世話になった分を、今返す時だ。


でも……どうやって?



そんな時、自分でも狂った思考が頭を過ぎった。


俺が、神代先輩になればいいんだ。


幸い、身長にあまり差は無かったし、体格も似ている。


いや…無理だ。到底、あの人のようになんてなれない。

こんな最低な思考が過ぎるような俺は、あの人になんてなれない。


でも……


俺はダメ元で暁山に相談してみた。


暁山は少し驚いていたが、真剣に話を聞いてくれた。

そして、思いがけない事を言い始めた。


「ボクが、冬弥くんを類にしてあげるよ。」

「……え?」



暁山は俺の容姿を神代先輩に近付けてくれた。

髪も染めた。ウィッグでも良かったが…俺が染めると提案した。


この狂った俺を見て、彰人は離れると思った。

もう覚悟は出来ていた。

だから、開き直って全部打ち明けた。


驚きながらも俺の紫色に染まった髪や、メイクした顔をまじまじと見ていたが、やがて自分の目元を指差して言った。


「…コンシーラー貸してやる。まぁ暁山も持ってるだろうけど…その目元のほくろ、隠さなきゃダメだろ?」

「えっ?」


何故か彰人は俺に協力的な姿勢を見せた。

白石と小豆沢には、彰人から上手く言っていてくれるらしい。


「…すまない、彰人、本当に…」

申し訳なさでいっぱいの俺の気持ちを吹き飛ばすように、彰人は笑った。


「何言ってんだ。相棒だろ。」





暁山から、神代先輩について色々教えてもらった。


神代先輩の癖や仕草、語尾のイントネーションや表情。

そして大まかな過去や出来事についても教えてくれた。

全部聞くと、本当に俺なんかには到底なれない人だ。


暁山は俺が完璧に神代先輩になれるように練習してくれた。

こう聞かれたらこう答える…この時の仕草はこうする…


ラムネが好きで野菜は食べない、人の笑顔が好き、そして、少しメルヘンなものも好き…


何度も、何度も練習した。

それから、俺なりに研究して神代先輩への理解を深めていった。


準備に約1年かかってしまったが、ようやく完璧に神代先輩を演じられるようになっていた。


暁山にも、本当に神代先輩と話しているようだと喜んでもらえた。


俺は少し緊張しながらも、司先輩の家へと向かった。


青柳冬弥ではなく、神代類として。






「本当に……ごめんなさい…いや、謝って許されることでは無いと分かっていますが…」


ここまで冬弥の話を聞いて、申し訳なさでいっぱいになった。


俺のせいで、冬弥はもちろん、寧々やえむ、暁山や彰人にも迷惑をかけてしまった。


「冬弥……まずは、礼を言わせてくれ。ありがとう。」

俺はそう言って頭を深く下げた。


「え?!いえ!あの、顔を上げてください!」

冬弥は汗汗と動揺している。

「俺は…お礼を言われることなんて何も…むしろ、罵倒されてもおかしくないような事を…」


「そんなことは無い!!」

俺は冬弥の目を真っ直ぐ見つめた。


「俺は……本当に感謝しているんだ。嘘でも、本物じゃなくても、本当に類が帰ってきたみたいだった。」

俺は少し目を伏せ、涙をこらえる。


「本当に、もう一度俺に類を会わせてくれてありがとう。」


「司…先輩…」


「それと…本当にすまない。お前に、こんな事をさせてしまって…」


「そ、そんな!これは俺の意思であって、司先輩が謝る事じゃありません!」


俺は必死にそう訴える冬弥を見つめた。

容姿は本当に類にそっくりだ。

でも、目の前にいるのは紛れもない、冬弥だ。


「……すまない。本当に。」



俺はしばらく間を置いてから、口を開いた。


「なぁ、類の墓参りに行かないか?不甲斐ないが…場所が分からんのだ。連れて行って欲しい。」


冬弥は酷く驚いた顔を見せたが、すぐにその目から涙がこぼれ落ちた。


「はい…!!俺で、良ければ、もちろん、!」


冬弥の目から涙はとめどなく溢れ続け、俺は冬弥の頭を撫でた。



しばらく、静かで優しい泣き声が響き続けた。





「ここが…中々いい眺めじゃないか。」

着いたのは丘の上の墓地だった。

色とりどりの花が咲き乱れている。


「神代先輩が…植物が好きだったからと、草薙や鳳がこの場所を提案したんです。」

冬弥はもう目元をコンシーラーで隠すことも、ない。


「ははっ、流石だな。類も喜んでるだろう。」

俺はスターチスの花束を手向け、手を合わせた。

冬弥も俺に続いて花を手向け、手を合わせた。


……本当にありがとう。

夢の中の類は、本物だった。

きっと、あの時の俺を見兼ねて出てきてくれたのだろう。


世界一優しい俺の恋人。


俺はもう大丈夫だ。

次会う時は、約束通りスターになっているだろうな。


“随分と老けたねぇ”とか言って、笑ってくれよ。


そしたら俺は、”どんな俺でもカッコイイだろ”って、笑ってみせるから。



「……冬弥?」

何やら熱心に祈っているようだった。


「類に何て言ったんだ?」

俺は冬弥の髪についた花弁を取った。


「…謝罪と、感謝を。」

そう言って笑った冬弥は心做しか、柔らかかった。


類の墓には、スターチスの花束とホワイトレースフラワーの花束が添えられている。


ゴウッ

と、少し強めの風が吹いた。


「…ありがとう、類。また来るからな!」

俺は類に向かって手を振った。


1輪の花が煌めいた気がした。

「…?」


「司先輩?どうかしましたか?」

急に足を止めた俺に冬弥はそう尋ねた。


俺はしばらくそれを見つめていたが、我に返ったように前を向いた。



「何でもない!さぁ、帰ろう。」





























足元には、アストランティアが咲いている。


これは、寧々達が僕のために植えてくれたものだ。


「また来るからな!」

その声が嬉しくて、見えないと分かりつつも手を振り返す。


司くんが来てくれた嬉しさと、寂しさで思わず涙が零れる。


その涙は静かに下に落ち、アストランティアを濡らした。

まぁ、濡れたと言っても誰にも見えないんだけど…


「…?」

司くんは突然振り返り、ぼーっと僕の方を見つめていた。


見えるわけが無い。分かるはずがない。


そう思っていても、やっぱり嬉しくなってしまう。

僕は1歩踏み出そうとし…やっぱりやめた。


司くんには、これからスターになってもらわなきゃダメだからね。



僕は2人に背を向け、また星が見えるのを待つことにした。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

8

ユーザー

ヤバい!泣いてママに変な目で見られてる!

ユーザー

冬弥くんの司くんのためにって感じが泣けた🥹 ノベルまでこんなに上手く書けるなんて…凄すぎる🙄

ユーザー

うわあぁ...悲しいなぁ.. 冬弥くん優しすぎだよぉぉ

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