テラーノベル
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赤ちゃんができたことを告げてからと言うもの、彼はとても細やかに私を気づかってくれた。
家に居る時には、歩き出す私にさり気なく手を差し伸べて、ドアの下枠の僅かな溝にさえも背中を抱いてくれた。
他にも少しでも咳をしたりすると、ホットミルクを持って来てくれる彼に、なんだか私自身が子どもになったようにも感じられた。
「貴仁さんは、きっといいパパになるんだろうなって」
あったかいミルクを口にして、クスッと笑って言うと、
「そうだろうか、そうだといいのだが……」
薄っすらと眉を寄せ、彼がいつにない心配げな顔つきになった。
「私の母は幼い頃にはもういなかったし、父も仕事で忙しくそばにいることが少なかったので、自分自身がどこまで親になれるのか、少なからず不安なところもあるんだ……」
彼の告白に、「ううん」と首を横に振った。
「あなたがそんな風にも感じていること自体が、もう立派な親だもの。それに早くに亡くなられたお義母さまも、きっと目一杯にあなたに愛情を注いだはずだし、お義父さまだって、忙しさの合間を縫ってよく面倒を見てくれていたって、前にも私に話してくれたでしょ?」
「ああ、そうだったな……」と、彼が口にして、
「大丈夫だ、もう不安はない」
迷いなく断言をすると、表情をふっと和らげた。
──ひと呼吸を置いて、
「……彩花」
不意に名前が呼ばれ、「はい」と反射的に顔を上げた。
「君へ、一つ伝えておきたいことがある」
ふと改まって言われ、わずかに息を呑んで彼の言葉を待った。
「きっと幸せにする。君も、そして生まれてくる子どもたちにも、誓って」
「あっ……ありが、とう……」
思いがけないセリフに感極まって、声を詰まらせる。
この人は、どうしていつも私を泣かせて……。
零れ落ちた涙に、彼の唇が触れると、近く叶うに違いない温かな家族の姿を、閉じた瞼の裏にそっと思い浮かべた。