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蝶屋敷の裏庭にある、ひっそりとした畑。
普段はあまり目立たない場所だが、ある日、しのぶが薬草の手入れに来ると、見慣れない背中が一つ。
「……不死川さん?」
鋭くて、どこか落ち着きなく揺れる肩。
くわを持って、土を耕していたのは、まぎれもなく風柱――不死川実弥だった。
「なんだよ、見りゃわかんだろ。草むしってんだよ」
「わかりますけど……どうしてまた?」
「暇だったからだよ、文句あっか」
そう言いながらも、どこか動きがぎこちない。
手慣れたものではなく、それでも真面目に畝を整える姿に、しのぶはふわりと笑った。
「ありがとうございます。実は、私ひとりでは手が回らなかったんです。助かります」
「……言っただろ、暇だっただけだっつーの」
そのとき、「おーい! 実弥ーっ!」と派手な声が響いた。
天元が腰に水筒を提げて走ってくる。
「派手にいい汗かいてるな! お前が畑いじりとは……意外性がド派手だぜ」
「……だからうるせぇっつってんだろ」
実弥はそっぽを向くが、天元はニヤニヤが止まらない様子。
「義勇も来てるぞ。手伝いたいってさ」
そう言われて振り返ると、義勇が静かに手袋をはめて立っていた。
「……俺は水やりをやる」
そうして、夕方までの静かな作業が始まった。
無口な義勇、うるさい天元、優しく微笑むしのぶ――その中で、不器用ながらも黙々と動き続ける実弥。
日が傾き始め、赤く染まる畑。
しのぶがそっと言った。
「実弥さん、もしかして…ここに来たの、私の畑が気になってたんじゃないですか?」
「はぁ? 気にしてねぇよ。……偶然通っただけだ」
「じゃあ、これも偶然ですか?」
しのぶが差し出したのは、小さな花の苗。
『藤の花』の若木だった。
実弥は少しだけ目を伏せて、それを受け取る。
「……そうだな。偶然だよ」
背中越しに、義勇と天元が顔を見合わせ、くすりと笑った。
夕焼けの中、言葉にしない優しさだけが、土とともに、そっと残されていた。