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#シークレットベビー
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
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母の表情は見えない。けれど、頷くしかなかった。
けれど、ここであのことを聞くしかないのは分かった。
「赤い部屋。蹲る男の子。私はこの壁の向こうの彼を見つけたってことだよね」
この壁の向こうに、一慶さんがいた。
私と一慶さんとの幼少時代の接点は、ここ。
それなのに私は、目の前の壁もここが工事中だったことも覚えていない。
「一慶くんは、インターナショナルスクールに通っていたみたいだし、私も一河くんのご両親も知らなかったのよ。この裏のアパートは、一河くんの親戚の方が相続されていたらしいし」
「一河のことはいいよ。混乱しちゃうからやめて」
今更言わなくても、一河の家のすごさや人柄も知っている。今、私が欲しい情報は一慶さんのことだけだ。
「言いにくいから、ごめんね。もったいぶったみたいな言い方になっちゃった。誰も気づかない中、貴方が気づいたのは『優しい虐待』だったの」
「優しい虐待?」
覚悟していたし一慶さんの話を聞いていたので、それほどの衝撃はなかった。
いいや、違う。私はもしかしてと気づいていたことを誰かに証明してほしかったのかもしれない。
「この壁の向こうで、アパートの一室に一慶くんがいた。私たちは虐待に気付かなかった。貴方の言葉で、私もお父さんもこの壁の向こうに侵入したくて一河くんのお母さんたちに許可をいただいた。で、目撃したの。丸まって蹲り、動かなくなった一慶くん」
母は、顔をそむけた後、サングラスの縁を人差し指で持ち上げた。
「あまりに酷い怪我だったから、お父さんが私たちに見ない方がいいって言ってた。でもその傷を彼は今、自分のポーズに取り入れてるし。……心の傷よりは浅いのかもしれないわね」
言いにくそうに歯切れの悪い言葉の中、母は苦し気に絞り出す声が震えていた。
「食事は与えていた。ブランドの服も身に着けていた。清潔だし学校にも通えているし、父親は愛想もいい。だから騙されてた。誰もが自分を虐待している親を信じている中、彼は誰に助けを求められたのか。彼の苦しさを唯一気づけたのが二歳も下の、小さな貴方だったなんて。一慶くんの初めての光が貴方だったこと、私たちは誇りに思っているのよ」
駐車場の壁を見ても、記憶が戻らなかった私に、母は行こうと手招きしながら伝えてくれた。
「虐待された子どもだって幸せになる権利はある。一慶くんが流伽を指名してきたこと、私たちは本当は応援したかった。でも……プレッシャーになるかなって曖昧にしちゃった」
「私、一慶さん嫌いじゃないし、テンションはついていけないこともあるけど、それ以外はきっと好きだよ」
私の少女漫画に夢中になっちゃう子どもっぽさとか、カレーの甘口が好きなこと。
宿題をしない私を心配する素振りや、孔一くんを突き飛ばしたときに私の気持ちを汲んでくれて、それでも悪いことを指摘してくれたこと。
きっとあの人は、悪い人じゃない。それに優しい人だ。
だからハムスターに見えてしまった私の子どもっぽい恋愛観は恥ずかしい。
「だからお見合いを一旦やめて、お友達から始めてみたいんだけど、いい? お見合いお祝い金、貰わなくてもいい?」
どれぐらい補助金が出るのか分からない。
お見合いセンターでの宿泊費やら仲人さんの人件費やら、その他もろもろ。
このお見合いのために国から莫大な費用が出たことも分かるつもりだ。
「お祝い金なんて子どもを産んだ時のお祝い金より微々たるものよ。いらないいらない」
「生々しい話ではなくて」
「貴方たちが後悔がないのなら、いいのよ。数年経ったあと後悔する不安があるならその不安を取り除きなさいよ」
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