テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
21 ◇火遊び
最初から既婚者と分かっていて、火遊びと分かっていて、
付き合ったのは自分。
だが流石に2年以上も続くと相手に気持ちを持っていかれ、
徐々に心の持ちように変化が現れはじめ妻の座に座りたくなってしまった。
いけないことだとか、そんな御託はもう関係ないのだ。
理屈じゃない。
石田と石田との家庭が欲しくてたまらない。
その気持ちが日に日に膨らみ百合子は抑えられなくなっていった。
カッコよく
『このままじゃ先が見えないのでお別れしましょ』
と伝え、別れて新しい恋人を作ろうと何度思ったかしれない。
本当に誰か石田よりも好きになれそうな相手でもいればと思うのだが、
石田と関係するようになってから何故かとんと他の男性とは縁がない。
そういうことも相まって、石田と別れることなど考えられなくなっていき、
とうとう言わないでおきたかった言葉を自分から言い出してしまった。
夫婦仲のことは知らない。
石田から奥さんの不満は聞いたことがないのだからそれなりに
円満なのかもしれない。
じゃあ、私とのことは?
石田が結婚の話を自分に一切してこないことで、すでに結果は
出ているのかもしれないと思うが、簡単に引き下がれないという気持ちも
ある。
◇ ◇ ◇ ◇
石田の前で『結婚』の二文字を思い切って出してみた。
付き合い初めの甘い空気感があるわけじゃあないし、妻も子もいる人なの
だからとは思うけれど、彼の応えは自分が期待していた反応からは
随分と乖離していた。
彼は一瞬戸惑いを見せたものの、すぐに淀みなく当たり前だと言わんばかりに
スラスラと答えた。
「良くできた妻であり子供たち共々愛しているので妻と別れるつもりはない。
君には……」
言い掛けた言葉を遮り私は言った。
「分かりました。
じゃあ最後に一度だけデートして下さい。
それを石田さんとの最後の思い出にしますから」
卑怯だが、卑怯な相手には卑怯な手を使うことにした。
丁と出るか半と出るか、伸るか反るかのここ一番の大勝負に
出ることにした。
負け戦になることもやむなしと決めているのだ。
それこそ百合子の石田に対する本気度ここにあり、なのであった。
22 ◇石田伸之の気持ち
伊達百合子とのよろしくない関係というものは、彼女が自分に同行していた出張先で
商談が上手くいき、夜は食事と共に飲んだ酒がつい深酒になりほっと気を抜いた折に
たまたまそうなってしまったという事故のようなものから始まった関係で、伸之としては
元々彼女に手を出そうなんて考えていたわけではなかった。
-
流れとして強引に関係を結んだわけでもなく……ただ彼女のほうが最初から
自分と関係を持てたらという気持ちでいたのではないかと、彼女のその時々
の態度でチラホラ見え隠れしていたのをなんとなくではあるが分かっていた
上でのことだった。-
その後も出張先だとか、二人での出先だとかで逢瀬を重ね、
そういう意味での ステディな関係になっていった。
◇ ◇ ◇ ◇
夜を誘って妻から拒絶されたことはただの一度もなく百子は妻として
子らの母親として申し分のない伴侶と言えた。
しかし、子育て中のせわしなく忙しい妻に自分の気の向いた時にいつでも
相手をさせられようはずもなく、夜の店へ行くのに嫌悪感のある伸之にとって
百合子のように気軽に誘える存在は便利だった。
百合子は適齢期に差し掛かっているとはいえ、まだまだ若く、自分のような
既婚者の中年男に結婚を迫ったりもないだろう。
そしていずれは年相応の恋人ができ、自分の元を去っていくはず、
そう伸之は算段していた。
手放すのは百合子に結婚相手ができた時でいい、そう思った。
百合子を手放せば今後自分のように女性に対して不器用な人間に
妻以外の相手ができるとも思えないからだ。
妻とは身体の相性もよくこれまで不満などなかったので、百合子とこんな
関係を結ぶまでは妻以外の女とどうこうなど考えたこともなかったというのに……
意外にも一度若い身体を覚えると妻の身体に以前ほどの興味を
持つことができなくなってしまった。
いつだったか『やっぱり若い女の身体はいいぞ』と誰かが言ってたのを
聞き、馬鹿かと思っていたが、どうやら自分もその辺にいる俗物な普通の男
だったのだと認めざるを得なかった。
23 ◇女の腹の底
独身の頃はモテたものの、略奪したり、されたり、というような世間から
叩かれるような恋愛ごとは皆無で、お天道様の日の差す道だけを歩いてきた
伸之には、後ろ暗い付き合いを余儀なくされ、その場に捨て置かれている
女の気持ちなど分かろうはずもなかった。
付き合いも軽く2年を過ぎ、もうすぐ3年めが見えてきた頃に百合子から
初めて結婚を仄めかされ、迂闊にも自分は放流する時期を逃したのだと
自分の脇の甘さを呪った。
相手から直球で迫られたからにはこちらも真正面から誤魔化すことなく
返事をするしか術がなかった。
妻に対して一切不服はない。
『良くできた妻であり子供たち共々愛しているので妻と別れるつもりはない』と 百合子に言った。
『妻と別れて君と一緒になるつもりはない』と明確に言いたかったが流石に
それは憚られ『妻と別れるつもりはない』とだけ伝えるに留めた。
百合子はそれ以上、自分を困らせることなく『分かりました。
じゃあ最後に一度だけデートして下さい。
それを石田さんとの最後の思い出にしますから』と言った。
実を言うと伸之はまだまだ百合子と関係を持つこと自体には未練があった。
しかし一方で、百合子があっさりと引き下がったことにほっとしている自分もいた。
修羅場になり家庭が崩壊するリスクは避けなければならなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
なけなしのプライドを捨て、結婚の話を持ち出した自分に石田は悪びれる
様子もなく、当たり前のように打ち捨ててきた。
この辺になってくると好きだから結婚したいのか、意地で結婚したいのか
百合子はだんだん自分の気持ちが分からなくなっていた。
好意を拒絶されても、拒絶される前と同じ熱量で相手を好きでいられる人間が
一体どれほどいるだろうか。
この日、百合子の中にある石田への気持ち、好意が、憎しみを伴うように
なった瞬間でもあった。
ただの浮気だったのなら、早い段階で打ち捨ててくれればよかったのに。
本気で付き合っていたのは自分の方だけだったのだと分かってしまい
辛かった。
そして分かってもいた。
ただのはずみで自分たちの関係が始まったということ。
自分の方が最初から彼に対して積極的に出たこともよぉ~く分かっている。
だが3年近く付き合ううちに、もしかしてという気持ちが
芽生えてしまったのだ。
コメント
1件
読了しました。両者の視点が交互に入る構成がすごく効いていて、百合子が「卑怯な相手には卑怯な手」と腹をくくるラスト、震えました。石田の軽率さと、「若い身体を覚えると妻に興味を持てなくなった」という俗物感の生々しさも。好意が憎しみに反転する一瞬の心理、すごくリアルで惹き込まれました。
羊と亀のお遊戯会
515
#名探偵
空蝉 桜
136
おきつね
101