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#ワンナイトラブ
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旺くんはそう言うと、いつもみたいに私の後ろにある机に手を置き、その両腕で私を囲う。
整髪材の香りがオリエンタルノートと混ざりあった、旺くんの香り。それが私を包み込む。
「ね、依愛。許してよ、お願い」
甘く強請るような声に小さく見上げれば、くい、と首を傾けて私に近寄る顔。
やたらと心地良い体温が重なると、何度も音を立てて距離が離れる。
「や、だ……っ!」
そのキスの順序を良く知っている私は、合間に歯を噛み締めて抵抗した。
「依愛ぁ、お願い」
それを諦めた旺くんは、口を動かしながら舌を私の首筋に這わす。
気持ち悪い、気持ち悪いのに何でか抵抗出来ない、
「もうあの子とは切るから、ね?」
舌先を硬くしてつぅ、と、首の側面をなぞられると……………あれ?
どうしてか、擽ったいも気持ちいも、何も感じない。
ここは確かに私の好きな部分なのに、何で?
「っ、あ、待って」
常時との違いに戸惑いをみせる私なんてお構い無しに、旺くんは首筋を執拗に攻める。
カットソーの裾をちょん、とスカートから引っ張り出した旺くんは、その隙間から私の肌に手を滑らせた。
そうして一気にカットソーをデコルテまで捲し上げられると、突然胸の膨らみは鷲掴みにされる。
い、た……っ。
捏ねるように揉み扱かれるのはいつもの事。簡単過ぎる愛撫に、これは気持ちいい事だと脳に司令を送った。
ブラジャーをずらされ露になった尖端はどこか性急に吸いつかれて舌先が遊ぶように転がしていく。
「依愛ぁ、俺、ほんとにしてないんだよ」
「嘘、ばっかり!」
「してるとこ見たの?見てないだろ」
「見ては、無い、けど……」
「それなのに閉じ込めるし、電話でてくんないし、悲しくなった」
旺くんは不貞腐れて子どもみたいに拗ねると、私の唇を自分ので覆った。
……未遂、なんだ。
じゃあ、悪いことしたのかなぁ。
そういえば、常葉くんもそんな事言ってたや。
夢と現実の境界線。
紛れもない午前三時の記憶をぼんやりと掘り起こしていると、旺くんは私の太ももを持ち上げ股の間に顔を埋めた。
滑らかな布の触感を楽しむように上下する舌先。
「っ、あっ、んん、」
先程とは違い、そこを責められると嫌でも反応する身体。
そもそも…………私、何しに来たんだっけ?
自問していれば、突然ガコン、と、不自然に物が傾いたような音がした。
素早く体を離すと乱れた衣服を直して、旺くんと目を合わせる。
棚の隙間から顔を出したのは
「あれ?本間さん、何してるんですか?」
まさか、今し方脳裏に現れた人と同一人物だった。
だから私の意識は一気に現実に舞い戻り、頭の中でありとあらゆる可能性を探した。
「な、常葉、いつから?」
「いつから?んー……二十分前……かな?」
常葉くんは欠伸を噛んで、気持ちよさそうに背伸びをする。……演技なの?本気なの?考えてもきっと分からない。
「お前、寝てたの?」
「はい。ちょっと、寝不足で」
「へぇ、女とか?」
「……そうですね。なかなか寝かしてくれなくて」
眠そうだった常葉くんは途端に、ふ、と意地悪な笑みを浮かべて私へと視線を送るから、心臓が嫌な音を鳴らした。
「それより」と、常葉くんのタレ目がちな瞳は素知らぬ顔で私と旺くんを見比べる。
「本間さんと穂波さんって珍しい組み合わせですね」
「あ、あぁ、今度の企画会議の密談」
「な、」なんて、先程までの雰囲気とは打って変わって他人行儀に目配せされるので「はい」と似た様な態度をしてみせる。
「へぇ〜。企画会議と言えば、課長が本間さんのこと探してましたよ」
「まじか、サンキュ。じゃまた後で」
私の肩を叩いた隙に「帰る前電話して」なんて、透明な声で囁くと直ぐにその部屋を出て行った。
…………何をしてるんだ、私。
別れ話をしに来たのに、まんまと雰囲気に呑まれて。
あの部屋を思い浮かべると、胃の中がミキサーみたいにぐちゃぐちゃにかき回されたみたいに吐き気を催す。
家に帰ったら持たない。きっとすぐに吐く、思い出しただけで気持ち悪い。
「…………あんなのに流される馬鹿、初めて見た」
自分を守るように二の腕を掴んでいると、静かな抑揚が私のそれを鎮めた。
「そ、んな風に言うことないでしょ?」
震える指先でスカートを握りしめて目線だけで見上げる。薄暗い室内、腕を組んでステンレスの棚に寄りかかる常葉くんは、冷ややかな視線をちっとも変えようとしない。
「それ以外かける言葉持ち合わせてないんで」
「……だ、だって、私みたいなのが旺くんと付き合える時点で奇跡に近いことだし」
「はいはい。その卑屈発言、昨日聞き飽きましたよ」
私の知らない、私の会話。
自分の事なのに、それを知る術は無い。
見上げたその先にある顔は冷めた嘲笑を浮かべている。
不謹慎にもそれが綺麗すぎて、爪の先でちょこんと摘まれたように胸が痛むのに、その原因が私にはまだ分からない。
「……常葉くん、本当は…起きてました?」
たどたどしく尋ねると、彼は小さく「はい」とだけ興味無さそうに返事をした。
「じゃあ、最初に出てきたら良いのになんで…」
「別れ話の邪魔したくなかったんで」
「でも、立ち聞きすることないじゃないですか」
「最初に居たの俺なんで。勝手に始めたのあんたらでしょ」
そう言われると身も蓋もない事実なので、「うっ」
と声を詰まらせていると、常葉くんは左腕を胸の前に掲げて腕時計を確認している。
「つぅか、休憩、残り10分なのにおっ始めるのうけますね」
「あ、いつもそのくらいで全部終わるんで、時間はそんなに……」
「………………は?」
これぞ死ぬほど興味が無いであろう内部事情を打ち明けると、常葉くんは呆れたような声を息と共に吐き出した。
「す、すみません!なんでもありませんっ」
だから私は、頬に熱を籠らせて慌てて手をブンブンと振った。