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Scene 01:スクロールの止まる瞬間
その日、彼は何も描けなかった。
締切は迫っている。
クライアントからの修正は山積み。
SNSでは「最近の絵、全部同じ」と言われたばかり。
疲れていた。
飽きていた。
何を見ても心が動かない。
ただ、惰性でスクロールしていた。
何も期待せず、何も探さず。
──そこで、ふっと止まる。
ピンクの背景。
淡いピンクの背景に、
春の光だけが静かに落ちていた。
笑っているのに、
どこか誰かを思い出しているような横顔。
切長の瞳は遠くを見ているのに、
視線の奥だけが、ほんの少しだけ温かい。
ふわりと揺れる髪。
白いシャツの襟元に落ちる影。
そして、画面の端に、小さな白い花がひとつ。
主題ではないのに、そこだけ静かに光って見えた。
──派手でも、強くもない。
なのに、胸の奥がふっと緩んだ。
「……なんだ、この空気」
彼は画面を戻す。
何度か見直す。
拡大する。
目元を見る。
線を見る。
なんでだろう。
この絵を見ていると、胸の奥が少し軽くなる気がした。
今日一日の重さが、ほんの少しだけ薄れていくような。
──どうしてだろう。
知らないはずの誰かの気配が、そこにあった。
その白に目を留めた理由をそのときはまだ知らなかった。
Scene 02:絵の中にある“誰かを思う気持ち”
技術はない。
構図も甘い。
色も淡い。
でも──
この絵には“誰かを大切に思って描いた線”がある。
目元の柔らかさ。
口元の静かな笑み。
髪の流れの自然さ。
確信する。
「この子、誰かを好きなんだな」
「この線、嘘がない」
Scene 03:プロフィールを開く
投稿は少ない。
フォロワーも少ない。
いいねもほとんどない。
でも、全部の絵に同じ空気がある。
派手さはないのに、
どの投稿にも生活の匂いがあって、それが妙に落ち着いた。
日常の温度。
誰かを思って描いた線。
僕はDMを送るか迷う。
でも、送る。
「あなたの絵、すごく良かったです。
また描いたら見せてほしいと思いました。」
Scene 04:ここから始まる。
多分、彼女は信じない。
「え、なんで?」
「私なんて普通なのに」
「ただ好きな人に似てたから描いただけなのに」
でも、僕だけは確信している。
「この子の世界は、今の業界に必要だ」
ここから、静かに空気が反転していく。
Scene 05:彼女の視点──知らない人からのDM
スマホが震えた。
通知を開くと、見覚えのない名前。
「あなたの絵、すごく良かったです。
また描いたら見せてほしいと思いました。」
……え?
誰?
間違いじゃない?
プロフィールを開くと、
フォロワー数が桁違いだった。
イラスト界隈で有名な人。
企業案件もしている。
本の表紙も描いている。
名前だけは聞いたことがある。
そんな人が、
なんで私に?
胸がざわつく。
嬉しいとかじゃなくて、
“理解できない”という戸惑いの方が大きい。
だって私は──
ただ、
以前の職場の先輩に似ているキャラを見て、描いてみたくなっただけ。
上手く描けたとも思っていない。
むしろ、恥ずかしいくらいの出来なのに。
Scene 06:返信できないまま、先輩の記憶がよみがえる
スマホを握ったまま、
ふっと思い出す。
毎日決まった時間に
「大丈夫?」と声をかけてくれた景兎先輩。
忙しいのに、
嫌な顔ひとつしないで、
私のミスをフォローしてくれた景兎先輩。
あの人の目。
切長で、アーモンド型で、
優しいのに、どこか強い目。
その目を思い出しながら描いた絵。
……あの絵は、
私の中の“景兎先輩の優しさ”を閉じ込めた一枚だった。
でも、それを誰かに褒められるなんて、
想像したこともなかった。