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貴族酒場のことはスキュラだけに任せ宿に戻ろう――そう思って店を出たまでは良かった。
「な、何だ? 急に視界が……」
まるでめまいを起こしたかのように、周囲の景色が突然回転し始めたのだ。
町を転移させた魔力消費で一気に疲れが回ったか?
「そこのあんた、大丈夫か?」
親切そうなおっさんの声が聞こえるも、直後に暗転する。
自分が一体どうなったのか分からない。
おっさんがどこかに運んで来てくれたか、それとも――?
「マスタァ……イ、イスティさま、あのぅ」
最悪の展開とはならず、おれはどうやらベッドに寝かされていたようだ。目を開けるとそこには少女姿のフィーサが顔をのぞきこんでいる。
「ん? フィーサか? ベッドに運んでくれたのは君なのか?」
「ううん、ここへは小娘が連れて来たの。そ、そうじゃないの……そうじゃなくて」
フィーサが小娘と言う相手はルティのことだ。だが肝心のルティは部屋にはおらず、スキュラの姿も見当たらない。
「…………はうぅ」
さっきからフィーサが顔を真っ赤にしながらもじもじしているな。宝剣の姿ではなく、少女姿でつきっきりで寝ていたのだろうか。全身を銀色に輝かせているフィーサはおれに対し、何か言いづらそうにしている。
一体なんだ?
「フィーサ? 何か――」
「マスタァのお力が強くて離さなくて、ずっとずっと……」
「うん?」
「あんな強引な力で掴まえられてはわらわでは太刀打ちできないの。だから……今度からは、わらわの方からマスターに近づくの」
「え、どこに行くんだ!?」
フィーサは顔を真っ赤に染めて慌てて部屋を出て行ってしまった。それとは別に、さっきから身軽かつ全身がスースーしている気がしたのでおれは顔を下に向けてみた。
「はっ!? 裸!? え、何でっ……!?」
親切そうに声をかけて来たおっさんに身ぐるみはがされた?
その後におれを見つけてフィーサが介抱をした……無い話じゃないな。
「戻りました~! あっ! アックさん、おはようござ――って、あわわわわわ!?」
部屋に入るなり、ルティの顔が一気に赤くなる。
「いや、これは――」
「こ、こここ……ここにアックさんのお洋服がありますからっ! み、見てませんよ!!」
「すぐに着替えるから!!」
おれの服は荷物持ちの時から変わらない安っぽい軽装のままだ。汚れが無いということは、密かにルティが洗ってくれていたかもしれない。
「ア、アックさん~……昨日は、ごめんなさいっっ!!」
「何のこと?」
「そ、そのその……」
ルティも顔を真っ赤にさせて言いづらそうにしている。おれが裸のままだったことが大いに関係してそうだな。
「そういや、魔石――」
「あ、ちなみに魔石は無事ですっ!」
おっさんに取られるでも無く無事なら何よりだ。
「ありがとう、ルティ。それでごめんってのは?」
「アックさんのお力は今ではとてつもないものとなっていまして、すでにわたしよりもですね~」
「ふむ?」
「ごめんなさい、ごめんなさいっっ!!」
「のわっ!?」
要点が分からないままルティは勢いよく頭を下げまくりだ。上下に振る頭で風が吹き荒れるなんて、何て末恐ろしい。
「昨日のことを、どこまで覚えていらっしゃいますか?」
「スキュラの護衛として酒場に行って、そこから一人で外に出て……」
「あふぅぅ……」
「まぁ何だ、怒ってないから落ち着いて」
今にも泣き出しそうなルティだったがまずは落ち着かせた。そしてようやく彼女たちが戸惑っていた真相が判明する。
「すっごく寝不足だったのかアックさん、暴れていたんです。それはもう、手配書に書かれそうな勢いで街の壁を破壊まくって――それを止めたのがわたしなんです~」
「は、破壊!? え、おれが? それも寝不足ってだけで?」
「はいい~……きっと疲れが溜まっていたのに加えて、酒場で何かあったんじゃないかなぁと」
酒場では何もしていないし何も起こってなどいない。せいぜいスキュラの悪戯を眺めていただけだ。
「何も無かったけど……」
「ここまで破壊音が聞こえてきまして、わたしがアックさんを止めに入ったんですよ」
「一応聞くけど、どうやって?」
「それはもう全力の拳で!」
得意げにルティは拳を見せてくれた。
まぁ、そうだろうな。今になって全身に痛みを感じているし、回復水を浴びた記憶もよみがえってきている。そうなるとフィーサは一体なぜあんなに恥ずかしがっていたんだ?
「フィーサのあの態度は?」
「そ、そのその……アックさんに裸のまま、抱きしめられていまして~……」
「あっ――そ、それなのか!」
宝剣年齢九百歳のフィーサに可哀想なことをしてしまったな。裸の状態で他にも何もしてなければいいが。
「いやぁ~大変でしたね!」
「ところで、おれが裸になったのは何故だ?」
「全力攻撃で止めたら息の根を……じゃなくて大変危険を感じましたので、急いで回復水をかけちゃったのです!」
なるほど。危うくルティにとどめを刺されそうだったのか。でもいい機会だったのかもしれないな。今の今まで服をずっと変えていなかったわけだし。
スキュラの護衛役でも、ボロボロの衣服のままで酒場に入ったおかげで護衛と思われたくらいだからな。
「ま、まぁ、キミのおかげで宿に戻れたし、ぐっすり眠れたから気にしなくていい」
永遠に眠りそうだったかもしれないがそこは言わないでおく。力はルティより上でもまだまだ防御力は相当に低そうだ。
「それは良かったですっ!」
「ところでスキュラは?」
「全く帰って来なかったですよ。酒場で何かしていたんじゃないでしょうか」
彼女のことだから心配なことは起きていないと思うが。あの貴族の男とは交渉がまとまったのだろうか。
「なるほど」
「アックさん、あの~……」
「どうした?」
「フィーサだけでなくて~、と、とにかく! いずれわたしもされたいです。で、ではでは! パンを焼いてきますねっ!!」
あの赤らめた顔は何の意味だろうか。少なくともルティには何もしていないはずだ。暴れて止められてどさくさに紛れて何かをしたか?
とにかく今度からきちんと寝るようにしよう。魔石も無事だったようだし、一応確かめるか。
【Uレア 鉄壁のルティ Lv.300】
【SSSレア 忠実のフィーサ Lv.900】
「こ、これは!? 強くなりすぎだろ、ルティ……」