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もうどうしようもないことを、この後輩は気づいているだろうか。俺はもう、打てる手がない。話を引き延ばし、助けを待ったが、驚くほど廊下は静かだ。
「さあ、先生でも呼びに行きましょうかね。先輩、さようなら」
くそ、本当にこれで終わりなのか? これ以上の逆転は……。
「待ちなさい」
「か、会長……?」
教室の出入口に立っていたのは、生徒会長の奥出だった。
「三年生の教室に、なぜあなたがいるのかしら」
「そ、それは……」
「それに、貝塚拓斗。またピンチに陥っているようね」
奥出、俺はお前をずっと待っていた……!
「どうして会長が……」
「あなた、手に持っているものを渡しなさい」
「は、はい……」
後輩は素直に怪文書を手渡した。
「これをどうしようとしていたのかしら」
「別に、私は……」
「言い訳はなしよ。甘やかしていた私が悪かったようね、いい加減認めなさい」
俺は見ていることしかできなかった。奥出は珍しく、本気で怒っているようだ。
「会長だって迷惑していたんじゃないんですか。この先輩に」
「いいえ、私は好きで関わっていたの。あなたは私の気持ちを踏みにじるつもりなのかしら」
「ち、違います! 私は会長のために……!」
なかなか後輩は引き下がらない。俺もいい加減イライラしてきた。口を挟もうとした、その時。
「そこまでにしなさい!」
「ひっ……!」
「どれだけ恥を晒せば気が済むのかしら。私は今、あなたのせいで迷惑を被っているのよ。貝塚拓斗を助けなければならないという迷惑をね」
どうやら俺を助けることは手間らしい。いやあ、本当にすまない。
「私が……迷惑を……?」
「ええ、その通り。こうなると、『生徒会』には置いておけないわね」
「い、いや、それだけは……」
これは驚きの展開になってきた。後輩は『生徒会』ではなくなる、ということか。
「私はあなたを信頼していた、今まで目をつむってきたこともあったわ。でも、あなたは『生徒会』にいるとダメになりそうね」
「そんなことは……!」
「私の大切な人を見下す後輩は、私の隣には要らないわ」
後輩の顔はあからさまに青ざめていた。そりゃそうだ、ずっと守ってもらえると思っていたんだもんな。
「私は、会長のことが、大切で……」
「それは私も同じよ。でもね、私とあなたは特別な関係にはなれない。あなたは私の後輩で、私はあなたの先輩でしかないのだから」
「会長……私の好きだった会長は……?」
膝から崩れ落ちた後輩を見ながら、俺は複雑な気持ちになっていた。こんなことになるなら、誰かが傷つく結果になるなら、俺が悪役のままで良かったんじゃないか?
「貝塚拓斗、いえ、拓斗くん。あなたは何も思わなくていいのよ」
「本当にこれでいいのか? 俺より大切な後輩だから、今まで守ってきたんじゃないのか?」
「そうね。でももういいの。今一番守るべきなのは、あなただと気づいたから」
奥出は初めて、俺に柔らかな笑顔を見せてくれた。
奥出は後輩を連れて生徒会室へと行ってしまった。奥出と入れ替わるように、友人が教室に入ってきた。
「やあ、拓斗。修羅場だったようだね」
「見てたのか?」
「聞いていただけさ。容易に想像は出来るけどね」
そんなタイミングよく来るなんて、怪しいな。
「お前まさか、奥出と一緒だったのか」
「そうだね。さっきまで楽しいゲームをしていたんだけど、生徒会長は君のことが気になると言って、出て行ってしまったのさ」
「俺が大変な時に、呑気な奴め」
まあ、知らなかったんだから仕方ないか。後輩が三年生の教室に乗り込んでいるなんて、予想できないもんな。
「君は、僕が来ることを望んでいたんだろう?」
「いいいいや? そそそそんなこともないぞ」
「本当に素直じゃないね」
素直にはなれない。男がそう易々と助けなんて求めてられるか。俺にだってプライドはある。
「感づいてたなら、なんで助けに来ないんだよ」
「言ったじゃないか。この状況をどうにかできるのは僕じゃないって。あの後輩に言葉を届けるためには、この事件の当事者でなければならなかったんだ」
「でも、俺じゃダメだったぞ?」
約一時間は話し込んでいたと思うが、あの後輩は一切表情を変えず、俺を陥れることしか考えていなかった。
「そりゃあ、君では力不足だよ。少なくとも彼女が考える序列の上位にいなければ、その考えを覆すことができないのだから」
「じゃあ、尚更俺じゃ無理じゃないか」
「まあ、そういうことになるね」
俺の頑張りは何だったんだ。奥出が助けに来なければ、俺はまたあの地獄を見なければならなかったのか? そんなのあんまりだろ。
「あの後輩、これからどうなるんだろうな」
「それは、生徒会長が決めることさ」
「でも、俺みたいに孤独になるんじゃないのか?」
俺は確かに、この辛い現実から抜け出したいと思っていた。でもそれは、誰かにこの気持ちを味合わせたいということではない。
「君は孤独ではなかっただろう?」
「そうだけど、彼女は違う」
「大丈夫さ。生徒会長がそんな残酷なことすると思うかい?」
奥出は優しい奴だ。きっと大切な、大切だった後輩に酷い仕打ちはしないだろうと、俺も思っている。
生徒会室では、心に穴が開いた後輩と生徒会長の奥出が話をしていた。
「この書類にサインをしてちょうだい。それであなたは『生徒会』ではなくなるわ」
「残りたい、というのはわがままでしょうか」
「私がそんなことを許すと思っているの? 未だに被害者でいられると、勘違いしているみたいね」
奥出はまだ怒りが収まっていなかった。拓斗と別れ、教室から生徒会室に向かう最中も、この結果が悔しくて仕方がなかったのだ。
「もうこんなことはしないと約束します、だからまだ……」
「諦めの悪い子ね。あなた、他にも勘違いしているでしょう?」
「他にも、とはどういうことでしょうか」
後輩は思い込みが激しく、『役に立てる』者が『生徒会』に入れると、これは所詮、たった一度の過ちだったのだと、甘く見ている。
「優秀だからあなたを選んだのではないのよ。頭の良さなんて最初から関係ない、極端に言うならば、貝塚拓斗でもよかったということ」
「では、私はなぜ……」
「あなたが、楽しくなさそうだったから」
これは単純な話で、元気のない生徒を喜ばせたいという、奥出のエゴに過ぎなかった。
「たった、それだけのことで……」
「案の定あなたは変わったわ。でも、それは他人を陥れることで自分の地位を保つ、絶対にやってはいけない方向に変わってしまった」
「私の、過ちは……」
後輩の本当の過ちは、人の気持ちを考えず、自分の保身に走ったこと。恩情と恋愛感情を混同してしまったこと。
「あなたは『生徒会』にいないほうが、きっと自分らしく過ごしていけるわ。私だけじゃなくて、他の同級生を頼ることをしなさい」
「ごめんなさい、私はなんてことを……」
「泣くことはないのよ。確かにあなたは悪いけれど、止められなかった私にも責任があるのだから」
堅苦しい言葉遣いは消え、表情は緩み、大粒の涙を流す後輩。うつむいたまま、奥出の顔を見ることができない。
「サインします……ペンを借りてもいいですか?」
「もちろんよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます……」
後輩はすらすらと書類にサインをし、軽くお辞儀をした後、生徒会室から出ていこうとした。
「ちょっと待ちなさい」
「えっと……まだ何か……」
「この事件について、先生には私と一緒に説明しに行きましょう」
また泣き顔になる後輩の頭を、奥出は優しく撫でた。