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「……なぁ、新一」
リビングに流れていた穏やかな空気が、翔のその一言でふっと張り詰めた。拳を合わせたばかりの余韻が残る中、翔は自分の手のひらを見つめ、どこか申し訳なさそうに、だけど隠し事のない真っ直ぐな目で相棒を見据えた。
「対等な相棒として、君にだけは、僕の本当の『弱音』を明かしておかなきゃいけないと思ってさ」「……なんだよ、改まって」
新一は少し眉をひそめ、マグカップを置いて翔の次の言葉を待った。翔は小さく息を吐くと、胸の奥にずっと燻っていた本音を、静かに、だけどはっきりと口にした。
「……やっぱり、心のどこかでさ。また快斗の手助けをしたい、あいつを陰から支えたいって思ってしまう自分が、確かにいるんだ」
「翔、お前……」
新一の瞳が鋭く細まる。一度は光の探偵側へ来ると誓い、CATを廃業したはずの弟からの、予想外の告白。だが、新一は声を荒らげることはしなかった。今の翔の目にあるのは、新一を裏切るような暗い色ではなく、自分の本質と戦っている人間の、ひどく純粋な眼差しだったからだ。
「分かってる。泥棒の味方はもうしないって約束したし、僕だって探偵として真実を追う楽しさを知った。……でもね、学校であいつの背中を見てると、どうしても考えちゃうんだ。あいつが背負ってる『父親の死の真相』っていう途方もない闇は、まだ何も解決してない。あいつは今夜も、明日も、たった一人で命がけの舞台に立ち続ける」
翔は苦笑し、胸のポケットの奥にある猫のお面にそっと触れた。
「工藤の血のせいかな、やっぱり、あいつの孤独を放っておけないんだよね。探偵としてあいつのトリックを暴くたびに、僕の半分は『あいつを守らなきゃ』って、心が激しく揺らいじゃうんだ。……ごめん、新一。こんな中途半端な奴、相棒失格かな」
切なげに視線を落とす翔。沈黙がリビングを包み込む。新一はしばらく黙って翔の横顔を見つめていたが、やがて、深く、呆れたようなため息をついた。
「……ハハ、本当にクソ真面目で、お人好しな奴だな、お前は」
「え……?」
翔が驚いて顔を上げると、新一は怒るどころか、どこか嬉しそうな、不敵な笑みを浮かべていた。
「いいんじゃねえの、それで」
「いいって……約束を破りたいって言ってるんだよ?」
「破ってねえだろ。お前は今、俺を裏切って隠れて動いたんじゃなく、その迷いを真っ直ぐ俺にぶつけてきた。……それこそが、俺たちを対等な『相棒』だと認めてくれた証拠だろ」
新一はソファの背もたれに寄りかかり、腕を組んで窓の外の夜空を見上げた。
「お前がキッド……黒羽のやつを心配する気持ちを、俺が完全に消し去ることなんてできねえよ。あいつはお前の、江古田での大切な『日常』の一部なんだからな。……だったらさ、その揺らぐ気持ちごと、俺の隣にいろよ」
新一は視線を翔へと戻し、その瞳に圧倒的な信頼の炎を灯した。
「お前があいつを助けたいと思うなら、そのお前を引き留めて、キッド以上の極上の真実でお前を満足させるのが、探偵としての俺の仕事だ。お前が揺らぐたびに、俺が何度でも引っ張り戻してやる。それに……」
新一はニカッと笑い、翔の肩を小突いた。
「忘れたか? 俺たちの間には『真の特例契約』がある。あいつの命が本当に危ない時は、俺が特等席からお前を送り出してやるって言っただろ。だから、お前はあいつを心配していいし、手助けしたいと思っていい。その代わり、最後には必ず俺の隣に戻ってこい。……それで、全部解決だろ?」
「新一……」
翔の瞳に、ジワリと熱いものが込み上げる。どこまでも自分を信じ、自分の甘さも優しさもすべて包み込んで並び立とうとしてくれる、世界一格好いい相棒。翔は溢れそうになった涙を誤魔化すように、ふっといつもの悪戯っぽいポーカーフェイスに戻した。
「……本当に、敵わないな。君のその傲慢なまでの自信にはさ」
「あったり前だろ、誰に向かって喋ってんだ。さあ、本音を吐いてスッキリしたなら、明日の事件の予習だ。米花博物館の警備プラン、お前の『泥棒目線』で穴を探せ!」
「はいはい、お望みのままに、名探偵」
二人は再び資料を広げ、あーでもないこーでもないと頭脳を戦わせ始めた。手助けしたいと思う優しさ(影)も、それを引き留める信頼(光)も、すべてを分け合える二人の絆は、もうどんな嵐が来ても、決して揺らぐことはないのだった。
コメント
1件
うわあ、このエピソードめちゃくちゃ良かったです……! 翔が自分の「弱音」を新一に打ち明けるシーン、胸がぎゅっとなりました。新一の「その揺らぐ気持ちごと、俺の隣にいろよ」って台詞、最高すぎます。翔の優しさも新一の信頼も、どちらもちゃんと肯定される関係性が本当に素敵で、読んでいて温かい気持ちになりました。二人の絆、これからも応援したくなりますね!
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椎名遥陽~はるひ~
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