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こんにちは! カエデです!
異世界に召喚されて、今日で二日目。
なんと私、さっそく王城の立派な会議室に招待されちゃいました!
もしかして、勇者歓迎パーティーの相談でしょうか。
だとしたら、私はトンカツを希望します。
……と思っていたら、掲げられていた会議名はこれでした。
【第一回・召喚勇者処遇検討会議】
……処遇?
私、粗大ゴミなの?
*
重々しい空気の中、長い机を囲むように、
王様、騎士団長のヨハネさん、白黒シマシマローブの魔法使いたちが並んでいました。
そして私は、その中央に立たされています。
足元は、まだスリッパ。
右手には、なぜか手放せないテレビのリモコン。
左手には、クリーニング屋の黒いハンガー。
……うん。
どう見ても、処遇を検討される側の格好です。
「勇者カエデ殿。昨日の実戦訓練について、騎士団長ヨハネより報告を受けている」
王様が、低い声で言いました。
「は、はい……」
私が身を縮めると、ヨハネさんが沈痛な面持ちで一歩前に出ました。
「勇者カエデ様は、最弱のスライムとすら戦闘に入ることができませんでした」
「言い方……!」
思わず口を挟みましたが、ヨハネさんは表情ひとつ変えずに続けます。
「さらに、スライムが岩陰からはみ出していた件について、
ご自身の体型への批判と誤認され、訓練は中止に」
「だって『はみ出てる』って言うから!」
私が抗議すると、ヨハネさんはピシャリと言い返しました。
「スライムが、です」
「それは今でも怪しいです」
「スライムが、です」
私が睨みつけても、ヨハネさんは目を逸らしませんでした。
強い。
この人、昨日からずっとスライムの話しかしてません。
「ふむ……」
王様は髭を撫でながら、じっと私を見ました。
「カエデ殿。何か言いたいことはあるか」
「はい」
私はおずおずと手を挙げました。
「この世界に来てから何度も言ってますが……
私は戦闘経験ゼロです」
会議室が静まり返ります。
「虫が出たらナベをかぶる側の人間で……勇者に向いてません。ごめんなさい」
よし。
今度こそ伝わったはずです。
──しかし。
「なるほど」
王様は深く息を吐き、重々しく頷きました。
「では、カエデ殿が本当に勇者なのか、改めて確認しよう」
「え?」
「ステータス水晶を」
王様が指を鳴らすと、魔法使いたちが巨大な水晶玉を運んできました。
奥の方がうっすら光っています。
健康診断で見る機械より怖いです。
「これに手をかざせば、職業、適性、能力値が表示されます」
「勇者診断ですか?」
「勇者診断です。ご安心ください。痛みはありません」
魔法使いの一人が真顔で即答しました。
「昨日から『ご安心ください』が一番怖いんですけど」
私はリモコンを握りしめたまま、おそるおそる水晶に手を置きました。
ぽわん。
水晶の中に、文字が浮かび上がります。
【名前:カエデ】
【職業:勇者】
「おおっ!」
「やはり勇者様や!」
「召喚は成功していた!」
魔法使いたちが顔を見合わせ、会議室が安堵のどよめきに包まれました。
「ほ、ほら! 勇者で間違いないじゃないですか!」
私もちょっとだけ胸を張りました。
続けて、ステータスが表示されます。
【筋力:3】
【魔力:4】
【敏捷:6】
【精神:2】
しん。
王城の空気が、少しだけ死にました。
「低ッ」
思わず漏れた魔法使いの一人の本音に、私はすかさず反論しました。
「本人の前で言わないでください!」
「筋力3、精神2?……子供でももっと……」
別の魔法使いが、信じられないものを見るように呟きます。
「やめて! 本人もショック受けてます!」
ざわめく中、私は焦ってヨハネさんの方を向きました。
「でも! 勇者なんですよね!?
職業、勇者って出てますよね!?」
「たしかに、職業は勇者です」
ヨハネさんは冷静に頷きました。
「ただし、非常に珍しい数値が出ています」
「珍しい?」
水晶が、もう一度光ります。
【幸運:−530000】
しん。
今度こそ、王城の空気が完全に死にました。
「……マイナス?」
「しかも、五十三万……?」
「幸運って、マイナスになるんですか?」
私が尋ねると、一番近くにいた魔法使いが震える声で答えました。
「普通はなりません」
「普通じゃない場合は?」
「国が滅びます」
「言い方!!」
私は思わず水晶を二度見しました。
「マイナス五十三万って何!? 私の不運、神様の入力ミスじゃないですか!?」
「幸運値、マイナス五十三万……」
王様がゆっくり立ち上がります。
その顔には、隠しきれない焦りがありました。
そして、水晶の【幸運:−530000】という文字が七色に光り出しました。
やめて!?
ソシャゲガチャの限定みたいに光らないで。
「カエデ殿」
王様が、さらに声を一段低くしました。
「そなたが勇者であることは間違いない」
「じゃ、じゃあ!」
期待を込めて王様を見上げます。
しかし、続く言葉は残酷でした。
「しかし、幸運値マイナス五十三万の勇者を王城に置くことは、
国にとって大きな危険となる可能性がある」
「私、歩く厄日扱いですか!?」
「非常に申し上げにくいが」
「言ってます! かなりはっきり言ってます!」
私が抗議の声を上げていると、ヨハネさんがさらに重々しい書類を開きました。
「加えて、その黒い道具についてです」
ヨハネさんが、私のリモコンを見ます。
「昨日、カエデ様がそれを操作した直後、東方タマイサ方面で二度の異常が観測されました」
「異常?」
「一度目は、完全無音領域と巨大な打撃反応。
二度目は、強力な生体反応の急停止です」
「それ、誰かの消音と電源が落ちてません!?」
「まさに問題はそこです」
ヨハネさんが、氷みたいな声でピシャリと言い放ちました。
「ただの家電なのに!?」
王様は深いため息をつき、私を真っ直ぐに見据えました。
「勇者であることは認めよう。
だが、戦えない。幸運値は国家災害級。
そして黒い道具は何をするか分からない」
「まとめ方がひどい!」
「分からないからこそ怖いのだ」
王様にきっぱりと言い切られ、私は言葉に詰まりました。
正論です。くやしい。
「よって、カエデ殿には一時的に国外での勇者修行を命じる」
王様は、できるだけ厳かな声でそう告げました。
「国外で……勇者修行?」
なんだか、この言葉だけ聞くと、ちょっとした研修みたいです。
「えっと……出張みたいな感じですか?」
「……まあ、そのようなものだ」
王様の瞬きが多くなった気がします。
「出張手当と枕は出ますか?」
「最低限の旅支度は用意する」
「あ、枕は最低限に入ります?」
「カエデ殿」
ヨハネさんが、静かに私の名前を呼びました。
「はい?」
「これは、任務です」
「任務……?」
私はその言葉を口の中で転がしました。
任務。
出張。
国外。
旅支度。
……あれ?
「……もしかして、しばらく王城には戻らない感じですか?」
私が恐る恐る聞くと──
「勇者修行が終わるまではな」
王様は目を逸らしました。
「終わるって、いつですか?」
「魔王討伐後だ」
王様はハンカチで汗を拭きました。
「話が急にラスボスまで飛んだ!?
え、待ってください!!
つまり、魔王を倒すまで帰ってくるなってことですか?」
私は思わずリモコンを握りしめます。
「勇者修行だ」
王様はきっぱりと言いました。
「それ、名前を変えた追放じゃないですか!?」
ようやく気づいた私が叫ぶと──
「………………いえ」
ヨハネさんが小さく息を吐きました。
「その間がもう答えです!」
すると──
「カエデ殿。そなたの背負う希望には、国民すべての想いが乗っている」
王様が、申し訳なさそうな顔で、優しく語りかけてきました。
「……それは、重いですね」
私は素直に頷きました。
「……あぁ、重い、な」
王様も素直に頷きました。
「……」
「……」
私と王様は、しばらく見つめ合いました。
なぜか、分かり合えた気がしました。
「……ヨハネよ。ギブアップだ」
気のせいでした。
「……はい」
ヨハネさんの魂が、遠くへ行きました。
その間も、水晶の【幸運:−530000】だけが、やたら強く光っていました。
*
そして数時間後──。
私は国外にいました。
国外──つまり、追放です。
「勇者修行」とか言われましたけど、これは完全に追放です。
王城の門の外で、私はぽつんと立っていました。
渡された荷物は、小さな布袋ひとつ。
中身は、硬いパン、水筒、地図、そして謎の紙。
【勇者修行の心得】
一、前向きに
二、くじけず
三、魔王を倒すまで王城に戻らない
「三つ目、本音じゃん……」
王城の門が、私の後ろで閉まりました。
ガコン。
「……あ、これ本気の音だ」
振り返ると、門番さんが全力で目を逸らしていました。
「さっきまで勇者様って呼んでたのに……
勝手に召喚したくせに……」
前には荒野。
後ろには閉じた門。
右手にはリモコン。
左手にはハンガー。
足元はスリッパ。
「装備だけ見たら、近所のゴミ出しなのに……」
私はしゃがみ込み、足元の草をつまみました。
「これ……食べられるのかな」
薄くて丸い、緑の葉っぱ。カロリーは低そう。
「……こんな時にもカロリー気にした自分が一番つらい」
急に、目の奥が熱くなりました。
元の世界に帰れない。
家族にも会えない。
会社は無断欠勤。
冷蔵庫のプリンに名前を書いていない。
「……サクラ……」
こんな時、いつも頭に浮かぶのは、親友の声でした。
『立ちなさい。前に進みなさい。
でも無理なら寝返りで進みなさい。
寝たままでも、蹴りは出せる。』
「……普通に立てばいいのに」
私は泣きそうになりながら、ごろんと寝転がりました。
ころん。
ちょっと進みました。
「……進んだ……まぁそうだよね……」
涙が少しだけ引っ込みました。
私は寝転がったまま、荒野の先を見ました。
勇者としては、たぶん最低。
幸運値は、マイナス五十三万。
だけど、まだ終わっていません。
たぶん。
たぶんだけど──。
「ツバキならどうするかなぁ……」
*
誰も、まだ知りませんでした。
幸運値マイナス五十三万の勇者が、
この世界の運命を、だいたい事故みたいな形で動かしていくことを。
そして──。
彼女の不運が、やがて誰かの運命を、
寝転がったまま蹴り飛ばすことを。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のサクラ語録】──
『立ちなさい。前に進みなさい。
でも無理なら寝返りで進みなさい。
寝たままでも、蹴りは出せる。』
解説:
たぶん「頑張れ」って意味。
でも、サクラの中では、立つことよりも、
進むことの方が大事らしい。
立てないなら転がればいい。
歩けないなら寝返ればいい。
敵が来たら、寝たまま蹴ればいい。
参考にはならないけど、なぜか元気は出る。
カエデはそう思った。それで充分でした。
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