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それからしばらくしてカウンターに前菜やら一品料理やら数々の料理が並ぶ。
「ハイ。お待たせしました。これ、うちの名物のビーフシチュー」
そう言って母が出してくれたのはこの店の原点でもある名物のビーフシチュー。
「これね。私大好きで。私にとっても両親にとっても大切な料理なんだ」
久々に見たビーフシチューに思わず笑顔に。
「これは主人と私が一番大切にしている料理で。この料理をたくさんの人に食べてもらいたいって思って、このお店始めたの。開店当初からずっとここで皆さんに気に入って食べてもらっている名物料理。それをぜひ透子の大切な方にもうちの味食べてもらいたくて」
「嬉しいです。いただきます」
母がそう言った言葉に、樹が笑顔で応えてくれる。
「ウマッ!トロトロ」
口に入れた瞬間に美味しそうに反応してくれる樹。
「美味しいでしょ~?私どんな高級店のシチューより、うちのこのシチューが一番最高だって思ってるんだよね」
嬉しくなってつい樹に自慢げに言ってしまう。
「うん。オレもそういう店行ったことあるけど、これはホント、ウマい」
「よかった」
「これが透子がずっと愛してきた家庭の味?」
「そう。両親の愛がたっぷり詰まった家庭の味」
「嬉しい。そんな料理オレも食べれて」
このシチューは両親との想い出がいっぱい詰まったシチュー。
食べるたびに美味しくて笑顔になって幸せな気持ちになれるシチュー。
そのシチューを食べながら隣で同じように笑顔で食べてくれる大切な人の姿。
この席でいろいろたくさんの幸せな気持ちになったけど。
もしかしたら今が一番幸せに感じた時かもしれない。
何気ないいつも通りのこのカウンターで愛する人と食べるこの瞬間は、何よりも私にとっての特別なご馳走。
「ねぇ、透子。お母さんとちょっと話出来そう?」
「あっ、そだね。席移動しようか」
メインの料理も食べ終わり、あとはコーヒーを待っているタイミングで樹が声をかけてきた。
「お母さん。一緒に話出来るかな?コーヒー向こうの席で一緒に飲まない?」
「あっ、そうね。わかった。じゃあ向こうの席に移動してて。用意出来たら一緒に持って行くわね」
そしてようやく3人でテーブル席へ。
「ごめんなさいね。ゆっくりお話出来なくて」
「いえ。無理言って休みの日にこちらこそすいません。すごく美味しかったです。どのお料理も、でもやっぱり特にビーシチューは絶品でした」
「ありがとう。私も食べて頂けて嬉しいわ」
お母さんと樹がこんな風にこの店で話しているとかなんか不思議な気分。
ずっと慣れ親しんだこの店で、こういう時間過ごせるなんて、考えもしなかったな。
「透子さんに作ってもらった料理も絶品でした。料理上手なのも納得出来ました」
「透子にもたまに厨房手伝ってもらったり、家のこと任せてたから、自然と覚えてくれて。この店を開いた時も悠翔がまだ小さくて、悠翔の面倒も透子に任せっきりで申し訳なかったなって」
「ハルくんとの時間も楽しかったからそれはそれで楽しかったよ」
「悠翔の面倒も見ながら、うちの店も手伝ってくれたり、ホント透子には感謝しっぱなしで」
「昔っから透子さん面倒見よかったんですね」
「そうなの。ホント透子には助けてもらってばっかり」
「実は僕の最初の透子さんとの出会いも透子さんに面倒見てもらったのがきっかけで」
「えっ?そうなの?」
「僕が新入社員として入って来た時に新人研修で指導してもらったのがきっかけだったんです」
「あら。そうだったのね」
「僕がどうしようもない新人だったんですけど、透子さん親身に教えてくれたり相談に乗ってくれたりして。それで僕は救われたんです。ずっと自分の人生も自分自身も否定してたんですけど、透子さんは唯一そんな僕に光を与えてくれた人でした。なので、透子さんは僕の人生も価値観も変えてくれたかけがえのない大切な人です」
改めて語ってくれる樹の言葉が照れくさくもあり、だけどとても嬉しくて。
「そう。透子は会社でもそうやって誰かの光になれてたのね」
「はい」
「透子はこういう感じだから、全部自分でいろいろやろうとしたり、抱えなくてもいいことまで抱えて無理するところがあるの。家のこととか弟のこと任せちゃってた私たちの責任ではあるんだけど。でもその分人のことを第一に考える優しい子で。正直ずっと周りの人のために生きてきたところもあるから、いつ自分の幸せをちゃんと選んでくれるか心配してるところがあったの。だけどこうやって透子のことをわかってくれた人に出会えて、ちゃんと自分の幸せも選んでくれてホントによかった」
「きっと僕はそんな透子さんだから惹かれたんだと思います。さり気なく気にかけてくれる人で。でもちゃんとその人の気持ちに寄り添ってくれる。出会った日からずっと透子さんは僕の憧れの人です」
「透子。ちゃんとあなたのこと理解してくれる方と出会えて幸せね」
「うん」
「それで今日は透子さんと結婚のお許しを・・・」
「あっ、そういうのいいから」
すると、樹が結婚の挨拶をしようとすると、母がその言葉を遮った。
「え?」
「そんな堅苦しいのは大丈夫よ。うちには父親もいないし反対する理由もない。もうこうやって一緒にいただけでどんな方かわかるし、透子が幸せそうにしてるだけでそれでもう十分わかります」
母は笑顔でそう告げた。
「透子?あなたは今幸せなんでしょ?」
「はい」
「樹さん?あなたも透子を幸せにしてもらえるんでしょ?」
「はい。必ず幸せにします」
「それじゃあ、問題なし。透子。結婚おめでとう。幸せにしてもらってね」
「はい・・。お母さん。ありがとう」
そうだ。母はこういう人だった。
堅苦しいのは苦手で、そして私を絶対的に信じてくれる人だった。
きっと母は、樹がどんな人であれ、反対はしないだろう。
悩んで、考え抜いて、私が結婚を決めた人なら大丈夫だと、母はきっと信じてくれるだろうから。
「父親が亡くなってからも、透子は私たち家族をずっと支えてくれて、たくさん頑張ってきてくれた。だから今度は透子が幸せになる番。透子今までたくさんありがとね」
「お母さん・・」
泣くつもりなかったのに。
そんなことを言われると、今までのことが蘇ってきて、つい涙腺が緩んでしまう。
家族の為に尽くせた時間は私にとっては幸せだった。
だけど、今は同じように大切に思える樹と出会えた。
だから今度はその幸せを樹と一緒に感じていきたい。
樹の為に、これからは生きていきたい。
ありがとうお母さん、何も言わずに私を信じてくれて。
これからは樹と二人で幸せになるね。