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坂本光@イタ王推し
539
#かんとりーひゅーまんず
おにぎり🍙
41
#BL
とあち
501
張り詰めた静寂が満ちる午後十時。
いつもより早く繰り出したオフィス街は、昼間の喧騒が嘘のように寝静まっている。
激務を終えた俺は、ネクタイを少し緩め、重い身体を引き摺って馴染みの路地を歩んでいる。
目指すのは、この時間、本来なら明かりが落ちているはずの『カフェ ヒノモト』。
今日は珍しく、店主──日本から飲みの誘いを受けていた。
愛しい親友からの貴重な誘いだ。這いつくばってでも行くに決まっている。
夜更け頃だからか、幸いにも、周囲の訝しい目に晒されることなく、目的地へと辿り着いた。
カラン、と深夜の街に優しく響いた鈴の音。
「こんばんは、ドイツさん。お仕事お疲れ様です」
扉を開けると、エプロン姿の日本が柔らかい笑みで迎えてくれた。
その姿を捉えただけで、全身を蝕む疲労が霧散していくのが分かる。
「こんばんは。遅くなってすまない……待たせてしまった」
「お気になさらず。僕も仕込みをしていましたから」
「さあ、いつもの席へどうぞ」
案内されたテーブルには、少し温度を置いた常温のビール瓶とジョッキ、香ばしいソーセージと数種のおつまみが、美しく並べられている。
「ドイツさんは冷たいものより、こちらの方がお好きでしたよね」
「……よく覚えていてくれたな。ありがとう」
ささやかな気遣いが荒んだ心を癒し、胸が温まっていくのを感じた。
席に着く俺と、厨房に行きすぐ戻ってきた日本。
その手には皿を二つと、冷えたビール瓶とジョッキ、ぬる燗が乗った盆を持っていた。
目の前にサーブされた長方形の黒皿。
穏やかに湯気を立てているのは、俺が事前に頼んでいた”だし巻き卵”だ。
「綺麗に作られているな」
「おかげさまで、上達してきたんです」
得意げに笑う日本へ、「そうか」と褒めるよう答えると、彼はさらに上機嫌になった。
慣れた手つきで二つのビール瓶を開けて、ジョッキになみなみ注がれる琥珀色と、細かく白い泡。
差し出されたそれを、零さぬよう気をつけながら受け取った。
「本日もお疲れ様でした」
「お前も、お疲れ様」
乾杯、とジョッキを軽く交わして、ビールを一口。
乾いた喉を潤すキレのある苦味。疲れも、嫌なことも洗い流すような爽やかなのどごしは、いつ味わっても最高だ。
久々の美味い酒に喉を鳴らしていると、鈴を転がすような笑い声が聞こえる。
「ドイツさんは本当に、美味しそうに飲みますね」
微笑ましいものを見るようなその目は、俺相手に「可愛い」とでも言い出しそうだ。
「…美味いんだから仕方ないだろう」
照れ隠しのようにだし巻き玉子へ目を向け、箸を手に取る。
「いただきます」
ふわふわ柔らかいそれに箸を入れると、中からじゅわっと黄金色の出汁が溢れ出す。
一切れ口に含めば、素朴ながらもしっかりとした甘い旨味が、凝り固まった身体の芯までじんわりと染み渡っていった。
…あぁ、本当に美味い。
噛み度に広がる、鰹と昆布の優しい風味。
思えば、俺の国の料理とは全く違う味だ。本来なら馴染みのない魚介の香りだが、今の俺の身体は、この味が恋しくてたまらない。
───胃袋も、味覚も、全部日本に染められてしまった。
深夜の静寂と、アルコールの高揚感。
大好きな人の前で完全に気が緩んでいたせいか、そんな風に日本に身も心も侵食されていることが、ひどく幸福に思えてしまう。
捕まえているつもりが、捕まっていたのは俺の方だったらしい。
心地よい敗北感に胸を包まれながら、一人でフッと、締まりのない笑みを溢してしまっていた。
「……ドイツさん?あの、どうかしましたか?」
いつの間にかぬる燗に切り替え、お猪口を小さく煽っていた日本が、首を傾げている。
目の前の大男が一人で急に笑いだしたのだ。不審に思うのは当然か。
「何か、お気に召さないことでも……」
「いや……少し、幸せなことを考えていただけだ」
「…そうですか。なら良いのですが……お疲れのようですし、食事中は幸せなのが一番ですね」
日本はそれ以上、深く聞こうとはしなかった。
踏み込みすぎず、ただそこに居てくれる適度な優しさ。
無駄に詮索しない彼の前だからこそ、俺はこうして無防備に心も身体も預けてしまえるのだろう。
日本は手元のお猪口を持ち上げると、透明な日本酒を小さく一口、喉へと滑らせる。
ほんのりと鼻先をかすめる米の甘い香りと、アルコールに蕩けた彼の瞳が、二人きりの空間をさらに心地よく狂わせていく。
「……実は、今週は少し、面白いことが多かったんですよ」
悪戯っぽく笑いながら、日本はここ数日のカフェでの出来事を話し始めた。
フランスにデートに誘われたこと。
アメリカが相変わらず豪快にハグをしてくること。
イギリスに”息子たちの母親になってみないか”と大真面目に迫られたこと。
カナダと韓国に何故か自分が作ったデザートを彼らの手ずから食べさせられたこと。
ソ連達に酒を飲まされ家に連れ込まれたこと。
出来事が増える度、胃がキリキリと痛み出す。
「あいつらは……店主を困らせて何をしているんだ」
ジョッキを握る手に、思わず力がこもる。
俺の知らないところで、他の奴らがそこまで包囲網を狭めていたとは…
腹の底で煮える焦燥と嫉妬が酷く不快で、ビールをまた一口煽る。
「あいつらには俺からキツく言っておく。迷惑をかけてすまなかった」
「ドイツさんが謝ることじゃないですよ。それに…皆さんのおかげで店が寂しくならなくて嬉しいです」
「……ドイツさんは、最近お仕事はどうですか?お顔に少し、疲れが出ている気がします」
自分の心配はどこへやら、日本は今度は俺を労わるように首を傾げた。
普段なら「何も問題ない」と虚勢を張るところだが、心地良さに蕩けた理性は、口と心を緩ませる。
「……実を言うと、最近上層部からの無茶振りが酷くてな。効率を突き詰め処理しても終わらない書類の山を見ていると、流石に頭が痛くなる」
珍しく吐き出してしまった弱音が、自嘲気味に息を漏らす。
すると日本は、お猪口をトレイに置くと、そっとこちらへ身を乗り出した。
「ドイツさんは、誰よりも責任感を持って頑張っていますから。僕は、真面目で一生懸命なドイツさんを、本当に尊敬しています」
「でも、無理はしないでください。倒れでもしたら僕の心が持たないです」
濁りのない、まっすぐな黒い瞳。
飾らない、けれど俺の全てを包み込んでくれるような優しい言葉。
…嗚呼、だめだ。これ以上この温かさに触れていたら、俺が崩れてしまう。
そんな俺の葛藤も知らず、日本は
「ふふ。ここでは力を抜いて、たくさん愚痴を置いていってくださいね」
と上機嫌に笑っていた。
だが、お酒の回りが早かったのは彼のほうだったらしい。
徳利が空になる頃には、日本の相槌が、段々と小さく、微睡を帯びたものへと変わっていった。
コクコクと危なげに小さな頭を揺らしたかと思うと、限界を迎えたように日本の体が前に傾く。
「……っ、危な…!」
木の机に頭をぶつける寸前、腕が反射的に伸びた。
差し出した俺の手が、日本の額をギリギリで受け止める。
触れた肌は、厨房の熱気とアルコールで驚くほど熱く、すうすうと規則正しい寝息が手のひらを擽る。完全に夢の中だ。
「日本……?」
呆れたような、けれど愛おしくて仕方がない溜息が溢れる。
「全く、無防備すぎる」
起こさないよう細心の注意を払いながら、俺は日本の細い体を慎重に両腕で抱き上げた。
さて、羽毛のように軽い体をどうにか休ませてやらなくては。
近くの椅子をいくつか並べて、そこに横たわらせようか。
至って理性的な案。だが、別の感情がそれを即座に却下する。
…いや、椅子を並べただけでは隙間があって体が痛むかもしれない。寝返りを打って床に落ちたら危険だ。
だから、俺の膝の上で眠らせるのが一番安全で、最も合理的な判断。
──などという、もっともらしい建前を脳内で必死に組み立てながら、俺は日本を自分の膝の上へと座らせた。
嘘だ。本当は、椅子では寝にくいなんてただの言い訳だ。
ほんの少しでいいから、彼と甘い触れ合いをしてみたい。
そんな、理性と規律の国らしからぬ、俗な欲が勝っただけだった。
俺の胸に日本の小さな頭が、そして肩に柔らかな体が、すとん、と預けられる。
夜の冷気が体を冷やさないよう、背もたれに掛けていた自分のコートを取り、毛布代わりにと彼の肩へ被せた。
大きなコートにすっぽりと包まれた日本はまるで幼子のようで、その愛らしさに胸が甘く締め付けられる。
鞄から取り出したスマホの、連絡先の上から二番目。
緊張で硬くなった声で電話を一本入れた後、再び日本へ視線を戻す。
腕の中に収めた日本の温もりを感じながら、顔を近づけた。
「おやすみ、日本」
愛しい君へ幸せな夢が訪れますように。
そう祈りながら、俺は彼の額にそっと、触れるだけの小さなキスを落とした。
その時だった。
「……ん、……どぃ、ちゅ、さ……」
コートの襟元にきゅっと小さな手を埋めながら、ふにゃりと、心底幸せそうに微笑む日本。
「───ッ!?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねて、破裂する心地がした。
夢の中でまで、俺の名前を呼んで、あんなに愛らしく微笑みかけてくれるなんて。
ドクドクと五月蝿いなんてレベルではない。
全身の血液が突沸したかのように顔が熱い。
馬鹿みたいに高鳴る心音が、静かな店内に響いて日本を起こしてしまわないか本気で焦る。
「お前は本当に……ズルいな……」
上手く動かない口から漏れる、情けない掠れ声。
腕の中の彼は、俺をこれほどまでに狂わせておきながら、再び無防備な寝息を立てて、俺の体温に寄り添っている。
この幸せを噛み締めていたくて、その身体を己の腕の中に抱きしめ直した。
それから十数分後。
カラン、と深夜の静寂に鈴の音が優しく響く。
扉を開けて入ってきたのは、外套を靡かせる威厳ある姿──大日本帝国、もとい日帝さん。
「日帝さん……!遅い時間に申し訳ありません」
日本を起こさないよう気をつけながら、小声で、けれどピシッと背筋を伸ばして挨拶をした。
想い人の父親であり、かつて父さんと激動の時代を共にした大先輩。
上官を相手するように、自然とかしこまった態度になってしまう。
「構わんよ。……はは、随分懐かれているな」
日帝さんは俺の首元で寝息を立てる日本を見て、少し目元を和らげた。
その表情には、俺を信頼してくれているような温かさがある。
「……先輩の息子なら、米帝共とは違い日本に変な真似はしないと信じて連絡先を教えたが。やはり、俺の目に狂いはなかった」
「いえ……ただ、日本が酷く疲れていたようだったので、つい」
褒められて少し気恥ずかしくなり、俺は素直に視線を泳がせた。
正直に言えば、この体勢も中々だし、額にキスはしてしまったが……キスは墓場まで持っていく秘密だ。
「まぁ、君が相手なら俺も安心だ。接吻程度の羽目外しは許す」
……訂正。この人に黙秘は通用しないらしい。
「たまにはこの子の愚痴に付き合ってやってくれ。……日本、帰るぞ」
日帝さんはそう言って、俺の腕から日本を抱き上げる。
日帝さんがそっと手を伸ばし、日本を俺の腕から引き取って抱き上げようとした。
「……ぅ、……ん゛……」
だが、日本は小さく眉を寄せ、微かな抵抗を示すように、彼に掛けていた俺のコートを両手できゅっと握りしめた。
そのまま俺の匂いを求めるように上着に顔を埋め、どうしても離そうとしない。
「日本……?」
驚きで固まる俺の横で、日帝さんは一瞬目を丸くした後、ハハッ、と大きく笑った。
「……なるほど。どうやら、俺のお迎えよりも君の上着の方が心地良いらしい。君を信頼しきっている証拠だな」
「い、いえっ、そんな……!」
慌てる俺を遮るように、今度は俺に向かって悪戯っぽく微笑む。
「ドイツ君。この上着、しばらく日本に貸してやってくれないか。無理に剥ぎ取っては泣かれてしまいそうだ」
「……っ、はい!喜んで!」
嬉しさと緊張で裏返りそうな声をどうにか抑えて、快諾した。
コートに包まれたまま、日帝さんの腕の中で再び安心したように眠りに落ちる日本。
日帝さんはそんな我が子を愛おしそうに抱き直すと、最後にしみじみとした眼差しを俺に向けた。
それがどんな意味を持っていたのか、正直俺には分からない。
でも、先に店を出て、店と車の扉を開けると、気が利くなとまた褒められて、嬉しかった。
日本を後部座席に寝かせ、運転席へ乗り込む日帝さん。
窓越しに施錠した店の鍵を渡した俺は、少し離れて出発を待つ。
「上着は明後日、店に受け取りに来てくれ」
「おやすみ。夜道は気をつけて帰れよ」
「はい。おやすみなさい」
親戚の叔父のような軽い口調で声をかけ、彼らを乗せた車は夜の街へと消えていった。
一人、明かりの消えた店を背に佇む。
昼間の熱気が嘘のように冷え切った深夜の空気。
だが、俺の体にはまだ、先程まで触れていた日本の体温が、彼が作ってくれた優しい料理の余韻が、今も愛おしく残っていた。
明日からもまた、あの激務が始まる。書類の山に頭を抱える日々が待っている。
だが、あの店に行けば、あいつが待っていると思えば――。
「……さて、俺も帰るか」
静まり返った夜道にぽつりと呟き、俺はジャケットの襟を整えて歩きだす。
胸の奥に灯った確かな温かさを噛み締めながら、前を向いて歩く足取りは、店に来る前よりもずっと軽かった。
コメント
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日帝さんがまじでお父さんしすぎてて大好きです🫶💕 てか日本が無意識に甘えたしてるの可愛い😭😭 ていうか日が独にしていた話もめっちゃ気になる…🥺
第7話、しっとりとした大人の夜の空気感がたまらなかったです。ドイツが日本に「捕まっている」と自覚する幸福感、そして無防備に眠る日本にキスを落とすシーン…もう胸がぎゅっとなりました。日帝さんに「接吻程度は許す」と見透かされるお茶目さも最高で、温かい気持ちになれる作品ですね。続きも楽しみにしています!