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「島で起きた事件の全貌がだんだん見えてきたと思うよ。ノア君……ニュアージュの少年の方ね。彼から聞いた話と、これまでの捜査で得た情報を照らし合わせて俺なりの仮説を立ててみた」
ルーイ様は先ほどまで行われていた話し合いの内容を簡単に説明してくれた。
フェリスさんの話も相当だったけど、こちらはそれに引けを取らないどころか上回るほどの衝撃を受けてしまう。
グレッグの正体や被害者だと思われていた酒場の経営者共犯疑惑。そして、ニコラさんが私の殺害を企てていたかもしれないだなんて……
立て続けにショッキングな話を聞いてきたせいか、頭がぼんやりとしている。自分の中でどう受け止めてよいか分からなくて、また現実逃避しているのかもしれない。皆に大丈夫だと豪語した手前、弱音を吐くことは許されない。でも、私のそんな強がりはルーイ様には全部お見通しだったようだ。
「それじゃあ、説明をする前に……クレハ、こっちにおいで」
ルーイ様が手招きをしている。現在私と彼は向かい合ってソファに座っているが、隣に来いということだろうか。ルーイ様の意図がつかめないまま、彼の言葉に従って近くまで移動した。すると、何の前触れもなく、ルーイ様の長い腕が私の体を捕らえて持ち上げた。
突然のことで声も出せず、私はされるがままだった。『とまり木』の方たちが一瞬飛び出しそうになっていたけど、相手がルーイ様なのですぐに冷静になり、見守る体勢に入った。
「先生、次からは一言予告してからにして下さい。私たちも驚きますので……」
「あはは、ごめんね」
「あー……いいなぁ、クレハ様」
「俺は今この場にボスがいなくて心底安堵してるよ……」
「あいつヤキモチ焼きだもんなぁ。すぐキレて魔法ぶっ放すの悪い癖だよ」
ルーイ様と『とまり木』の方たちの会話が右から左に抜けていく。私に関連することを話しているというのに……
背中から感じる温かい体温。吐息が首筋にかかりくすぐったい。髪の毛をくしゃくしゃと撫でられたところで、私はようやく自分の置かれた状況を把握した。私はルーイ様に抱っこされていたのだった。
「ル、ルーイ様!?」
意識した途端、急速に羞恥が込み上げる。ルーイ様に抱っこされるのは初めてではないけど、彼の雰囲気がいつもと違うせいで変に意識してしまう。そんな私の心境などルーイ様は意に介さず、あくまでマイペースに話を再開した。
「ねぇ、クレハ。俺が今更言わなくても分かってると思うけど、お前の味方はたくさんいる。だから、嫌なことや苦しいこと……ひとりで抱え込まないでちゃんと口に出して相談しなさい。どうせ後からバレるんだからね。隠し事ができる性分じゃないんだから、無駄に足掻くのはよしな」
「無駄って……ひどい、ルーイ様。私だって自分なりに頑張ってるのに……」
「そうだな。でも、頑張り過ぎて周囲の人間は気が気じゃないんだよ。つらい時は周りに頼ってもいいんだ。愚痴ってもいい、文句を言ってもいい。お前は少しワガママになるくらいが丁度いい」
目から鱗が落ちた気分だった。ルーイ様が私に対してそんな風に思っていたなんて……
「ルーイ様みたいに?」
「そう。俺みたいに……って、クレハ……お前俺のことワガママだと思ってたのか!?」
周囲のあちこちから控えめな笑い声が聞こえる。ルーイ様が来てくれたことで、場の雰囲気が明るくなっていくのを感じた。私の頭の中を覆っていたモヤモヤも晴れていくようだった。
その場にいるだけで皆を安心させてくれる。これは神の力なのか、それとも彼の人柄がそうさせるのか……
改めてルーイ様の偉大さを実感する。言葉はそっけないけど、私を思いやってくれているのが分かる。それなら、少しだけ……彼の言う通りにしてみようか。
「……ルーイ様、ぎゅってして下さい」
「はぁ? 俺のハグは高いよ。クレハに払えるのかな」
「ワガママになっていいって言ったのルーイ様ですよ。無料でお願いします」
「もうー、この子ったら……ちょっと甘やかしたら一気に調子づいたじゃないのよ。今回だけだよ」
無事にルーイ様の了承を得ることができた。私は体の向きを変えて、彼と向かい合うように体勢を整える。至近距離で見るルーイ様の優しい笑顔に胸が締め付けられた。堪らなくなった私は、彼の首に腕を回して思い切り抱き付いた。
アルバビリスは陛下からの借り物だと言われていたのをすっかり忘れて、私はルーイ様の肩口に顔を埋めた。
「本当は怖いです。事件を解決しなきゃいけないって……真実を知りたいと思っているのに、怖くて仕方がないんです」
既に予想されているように、島で起きた襲撃事件が私を標的にしたものであると確定されるのが怖い。クレハ・ジェムラートの存在を消そうとしている者がいる。分かっていたはずなのに……その事実を正面から受け入れなければならないのが怖くたまらない。
10年後に起きるはずの出来事が形を変えて前倒しになったのか。それともこのような事がこれから何度もあるのだろうか……
しっかりしていると思われたい。強くなりたいと願っているのに……何もかも投げ出して泣き喚いてしまいたい。そんな自分も同時に存在していた。
「……ルーイ様、私死にたくないです。せっかく、ルーイ様のおかげで……」
『生き返ることができたのに……』そう続けようとした言葉は途中で遮られた。ルーイ様はしがみ付いている私を、その大きな体で包み込んだ。まるで彼に護られているようだった。
『死にたくない』これが私の中にある飾り立てない本心。レオンやリズ……『とまり木』のみんな……彼らにも充分本音で接していたつもりだったけど、無意識に虚勢を張っていたのだと思い知らされた。そして、ルーイ様はそんな私の胸の内をこんなにもあっさりと引きずり出してしまったのだ。
「クレハ、お前は強くなったよ。初めて会った時とは全然違う。でもね……だからと言って弱音を吐いちゃいけないってわけじゃないんだよ。我慢しなくていい。時にはこんな風に仲間に寄りかかってもいいんだ。それに……」
未来は変えられる……大丈夫。
最後の台詞は私にしか聞こえないような小さな声で告げられた。目頭が熱くなる。未来は変わる……それは、私が一番欲しい言葉だった。