テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
魔道士が魔法を使うためには幻獣との契約が必要不可欠だ。
まず始めに気配を頼りにスティースを探しだすことから始める。水場には水を操る能力に長けたスティースが多く集まり……そして同じく、風の強い場所には風を操るスティースが……このような性質を参考にして探索場所の当たりをつけたりもする。
スティース探しは運の要素も大きいので、自分が求めている能力を持った個体と必ず出会えるとは限らない。そして更に、苦労して目当てのスティースを発見したとしても『交渉』が決裂する場合だってあるのだ。
そのため魔道士は、稀有な能力を持っているスティースらと遭遇すると『有期契約』を試みる。これは予め契約期間を定めて、その間だけ特定の魔法を自由に使えるようにしてもらうというもの。
魔法を1回使用するごとに交渉を行い、対価を差し出すやり方が基本的ではあるが、効率はあまりよくない。魔法を使いたい時に都合よく自分の側にスティースがいるとも限らないし、土壇場で交渉が上手くいかないとなると非常に困るのだ。
その点、有期契約は期間内であるならいつでもスティースを呼び出して魔法を使うことができる。デメリットといえば……契約時に通常よりも多くのヴィータを要求されること、そして期間中の繋がりを維持するために魔法を使っていない時でも常に一定量のヴィータを消費し続けることだろう。それでも通常の契約よりも便利なことに変わりない。ヴィータの運用さえ上手くやれば問題ない。
僕は役に立ちそうなスティースと手当たり次第に有期契約を結んだ。一度に複数の契約を行なったせいで数日体調を崩してしまったけど、その代償に見合った収穫があった。
特に風を操る能力を持ったスティースとの契約は大変有益だった。ランクが低く弱い個体であるので過度なヴィータを要求することもない。それでいて彼らの持つ情報収集能力はとても優秀で……これのおかげで僕は河合透の動向を逐一知ることができたのだ。
その結果、やはり河合透は魔道士として特別優れているとはいえない。学校で自分が見聞きしたものと、スティースを使って得た情報を総合してそう結論付けた。
スティースに関する知識は当然僕より劣る。魔法にしたって基本的なことしか出来ていない。有期契約の存在すら知らないようだった。試験を受けたわけでもない河合の友人たちに学苑について教えられる始末だ。自分が入ろうとしている学苑の理事長の名前すら覚えていないのには呆れた。
いよいよ僕を差し置いてあいつが合格した理由が分からなくなり、イライラが最高潮になる。あんな奴が貴重な特待生枠のひとつを持っていくなんて許せない。他の不合格者たちだって納得いかないはずだ。
河合は間抜けにも第三者の大勢いる教室内で受験票の保管場所を口にした。机の引き出しの中だって。僕は河合の受験票を処分することに決めた。スティースの能力を使えば可能だ。
河合が脱落すれば、そのぶん他の受験生が合格する確率も上がる……そうだ、これは決して僕の憂さ晴らしなどではない。その他の受験者のためでもあるんだ。
この時、僕の中には妙な正義感まで生まれており、河合を引きずり下ろすことが正しいと信じて疑っていなかった。冷静な思考力が完全に失われていたと思う。普段の僕であれば、いくら悔しくてもここまで飛躍した考えにはならなかっただろう。
河合を攻撃したところで一時的に溜飲が下がる程度で、僕にメリットなんてなかったのに……そんなことにも気付けないくらいおかしくなっていたのだ。
『小山!! 逃げろ!!!!』
河合が僕の名前を叫んでいる。どうして? 僕は今どうなっているんだっけ……
声がする方向へ目線を向けると、必死な形相で声を荒げている河合の姿があった。そんなに一生懸命に何を伝えようとしているのだろう。
頭が酷く痛む。河合が叫んでいる言葉が聞こえているのに理解ができない。
周囲が黄色の光に包まれていた。僕の手のひらに刻まれた契約の陣も同様に光り輝いている。対価を……ヴィータを徴収されているのか……
強烈な頭痛の原因はこれだ。許容を遥かに越える量のヴィータを奪われたため、身体に影響を及ぼしたのだろう。ただでさえ、複数の契約を結んでいる状態なのに、河合の挑発に乗って後先考えず魔法を連発したことがたたってしまった。
僕はその場にしゃがみ込んだまま動けなくなってしまう。相変わらず僕に向かって呼びかけてくる河合の声に混じって、ゴゴゴゴと地鳴りのような低い音も聞こえる。想定外の事態になっているのは分かっているが、意識が朦朧としていて体が言う事をきいてくれない。
まさか自分はこんなところで死ぬのだろうか。スティースに生気を吸われ過ぎて……
魔道士になるという夢のために奮闘していたのに、従えるはずのスティースのせいで死ぬなんて皮肉なものだ。
『小山!!!!』
意識を手放す寸前、一際大きく河合の声が耳に響いた。まだいたのか。薄目を開けてみると、河合がこちらに向かって走ってくるのが見えた。今の僕には魔法を使うことはおろか、喋る気力も無かったので、その光景を眺めていることしか出来なかった。
河合透という人間は本当にバカだ。あんなに酷いことをされたのに、どうしてここまで構うのだ。大して親しくもない……友人ですらない僕のことなんて放っておけばいいじゃないか。そう思うのに――――
僕の意思に反して、体は懸命に動こうとするのだ。差し出された河合の手を掴み取ろうと……震える腕がゆっくりと持ち上がった。