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夏休み初日。
ユージーンの弟が魔王に取り憑かれているかもしれないと打ち明けられたルシンダは、さっそくフィールズ公爵邸を訪れた。
ユージーンとあまり仲が良くなさそうなクリスは嫌がるか、自分もついて行くと言うかと思ったが、意外にも快くルシンダを送り出してくれた。
「お邪魔します」
「ルー、来てくれてありがとう。ミア嬢とサミュエルも助かるよ」
「いえ、構いません」
「事が事ですもの」
自分一人だけでは心許ないと思ったルシンダは、ユージーンと相談して、ミアとサミュエルにも一緒に来てもらうことにした。
ミアはこの世界が舞台の乙女ゲーム『恋パラ』に詳しいし、サミュエルは以前魔王に取り憑かれかけていた。きっとユージーンの弟の件でも頼りになるはずだ。
公爵邸の広い庭園のガゼボに案内されたルシンダたちは、まずはユージーンから弟がどんな様子なのか聞いてみることにした。
「……弟のジュリアンは僕の四つ年下で、今は十四歳。再来年、学園に入学予定だ。今まで兄弟仲はいいほうで、ジュリアンは僕のことを慕ってくれていたと思う」
「なるほど……ジュリアン様の様子がおかしくなったのはいつ頃ですか?」
「おかしいなと思い始めたのは今年の春頃だ。怪しげな書物に没頭するようになって、やけに皮肉っぽくなってしまった。……それに、ルーを憎んでいるようなことを言い出したり」
「ルシンダを憎んでいる?」
「ああ、『奪われてしまった』だとか『何もかもあの女のせいだ』とか……」
ユージーンが気まずそうにルシンダを見やる。
「えっと、私はジュリアン様にお会いしたことはないと思うのですが……」
「ああ、そのはずだ。だからなぜジュリアンがそんなことを言うのか不思議なんだ」
顎に指を添えて考え込んでいたサミュエルが、遠慮がちに口を開く。
「……でも、こんなことあり得ないと思いますが、もしあの魔王が消滅していなくて、ジュリアン様に取り憑いているとしたら……」
「──たしかに、その可能性も捨て切れないわね」
「あの、ジュリアン様の今の様子はどんな感じなんですか?」
ルシンダの問いにユージーンが嘆息する。
「今は……もっと酷い。体にも影響が出ているようで、僕も見ているだけで辛いんだ」
「体にも影響とは……?」
「どうも、見えてはいけないものが見えてしまうとかで、片目を隠すようになってしまった。それに、魔力が暴走するようで、たまに片腕を押さえながら苦しそうにしている。昨日は『闇の眷属』が何だとか『混沌の使者』がどうだとか口走っていたな……」
「それはかなり危険な状態なのでは……」
「片目……暴走……」
サミュエルが表情を険しくする一方、ミアはどことなく微妙な顔をしている。
「ああ、両親もかなり心配していて──」
ユージーンが頭を抱えたその時。どこからか怪しげな呪文のような言葉が聞こえてきた。
「──紅蓮の業火よ、罪深き彼の者に裁きを……地獄の狂炎!」
次の瞬間、ルシンダの真横を小さな火柱がかすめる。
「……!!」
驚きに目を見開くルシンダを庇うようにユージーンが立ち上がる。
「ジュリアンっ!! お前、何をしているんだ!?」
怒りを露わにして怒鳴り睨みつけた先にいたのは、ユージーンの弟、ジュリアン・フィールズだった。
まだ成長途中らしく少々小柄だが、その出立ちは異様だ。
全身黒づくめの衣装に身を包み、淡いブラウンの髪は片側だけ前髪を長く垂らしてその瞳を隠している。
左手のみ黒い手袋をして鎖を巻き付けているのは、暴走する魔力を封じるためだろうか。
「嫌だな、兄上。ほんの挨拶代わりですよ。でも、その女の顔、この程度でそんなに驚くなんてたかが知れていますね。聖女になったのも偶然でしょう」
「いい加減にしないか、来客に魔術を放つなんて本当にどうかしているぞ! ──みんな、こんなことになって申し訳ない……」
「たしかに、これは魔王の仕業としか……。さっきの魔術だって、今は無詠唱が主流なのにわざわざ詠唱するなんて……」
ユージーンは深々と頭を下げ、サミュエルはジュリアンに絶望の眼差しを向ける。
……そんな中、ミアがこめかみを押さえながら溜め息混じりで言い放った。
「ユージーン様。わたし、把握しました」
「把握? やはりジュリアンは取り憑かれているのか……!?」
苦しげに問うユージーンに、ミアがこくりとうなずく。
「ええ、非常に厄介なものに取り憑かれてしまっています。ジュリアン様は──中二病です」
「……ちゅう、に……中二病……? そんな……いや、まさか……」
ミアの診断にユージーンがうろたえる。
「ユージーン様、認めたくないのは分かります。でも、ジュリアン様に魔王的な魔力の気配は感じられません。わたしは一応ヒロイン属性があるので、そういうのがあればピンとくるはずだと思いますが、ジュリアン様からは痛々しさ──いえ、普通の魔力しか感じません。あの有様は確実に中二病です」
滔々と説明するミアに、サミュエルが尋ねる。
「すまない、さっきから言っている『チューニ病』とは何のことだろうか? 危険な病なのか……?」
どうやらこの世界にはまだ中二病の概念はないらしい。
ミアは言葉を選びつつ、中二病の概要を説明し始めた。
「ええと、これはとある島国で判明したんだけど、十四歳くらいの思春期の青少年に一定の割合で発症する病よ。これに罹ると自分は選ばれし者で、特別な力を秘めた存在。周囲は無知な愚民であるという考えに囚われてしまうの」
「それは恐ろしい……」
サミュエルがぶるりと身を震わせる。
ユージーンはまだ受け入れられないのか、額を押さえて悩む素振りをしている。
「たしかに、言われてみれば中二病らしさが目につきはするが……でも、ルーを憎んでいるのが腑に落ちない。ジュリアン、お前は一体なぜそんなにルーのことを憎んでいるんだ……!?」
悲しそうな目で見つめるユージーンに向かって、ジュリアンが芝居がかった動きで左手をかざした。
「兄上! そんな女、親しげに愛称などで呼ばないでください。その女が、兄上を堕落させてしまった元凶なのですから……!」