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第119話 「新監督」2027年9月。
福間監督が勇退してから。
一か月が過ぎた。
柳城高校野球部には、新しい日常が始まっていた。
グラウンド。
選手たちが整列する。
その前に立っているのは。
小早川啓介。
今日から正式に。
柳城高校野球部監督としてチームを率いる。
「お願いします!」
「お願いします!」
選手たちの声がグラウンドに響く。
啓介は一度、深呼吸した。
そして。
「こちらこそ、お願いします。」
練習開始。
最初は、いつもと変わらない練習だった。
キャッチボール。
ノック。
打撃練習。
走塁練習。
しかし。
啓介の中には、一つの考えがあった。
福間監督の野球を、そのまま真似するつもりはない。
受け継ぐものは受け継ぐ。
変えるべきところは変える。
それが、自分にできる監督の仕事だと思っていた。
練習後。
ミーティング。
啓介は選手たちの前に立った。
「今日から、僕が監督です。」
「でも。」
「僕は、皆さんに命令するだけの監督にはなりません。」
選手たちが顔を上げる。
「選手の意見を聞きます。」
「失敗したら、一緒に考えます。」
「ただし。」
「最後に決めるのは監督です。」
主将・中村が頷く。
「はい。」
啓介は続けた。
「そして。」
「一つだけ、福間監督から受け継いだものがあります。」
「試合に出る選手だけがチームではない、ということです。」
「ベンチに入れない選手。」
「練習を支える選手。」
「マネージャー。」
「全員が柳城高校野球部です。」
「そこだけは、絶対に変えません。」
選手たちから返事が返る。
「はい!」
その日の夕方。
啓介が職員室へ戻ると。
机の上に一枚の封筒が置かれていた。
差出人は。
福間監督。
啓介は封筒を開ける。
中には一枚の紙。
短い言葉だけが書かれていた。
「監督になった日から、選手を見る目が変わります。」
「勝った試合だけでなく、負けた試合で何を学んだかを見てください。」
啓介はその紙をしばらく見つめていた。
そして。
小さく笑った。
「先生らしいな……。」
翌週。
秋季福岡大会。
啓介監督として初めての公式戦。
試合前。
ベンチ。
選手たちは少し緊張していた。
啓介も緊張していた。
しかし。
表には出さない。
主将・中村が尋ねる。
「監督。」
「はい。」
「緊張してます?」
啓介は少し黙った。
「……しています。」
選手たちから笑い声が起こる。
「でも。」
啓介も笑う。
「君たちも緊張しているでしょう?」
「はい!」
「じゃあ、一緒ですね。」
ベンチの空気が和らいだ。
プレーボール。
初回。
柳城高校は先制点を奪う。
しかし三回。
相手に逆転される。
1対2。
啓介にとって、監督として初めての苦しい展開だった。
五回。
柳城が同点。
六回。
さらに一点。
3対2。
九回。
最後の打者を三振。
ゲームセット。
柳城高校。
3対2。
啓介監督。
公式戦初勝利。
選手たちがベンチから飛び出す。
「監督!」
「初勝利です!」
啓介は笑いながら選手たちを見る。
「まだ一勝ですよ。」
そう言いながらも。
目には涙が浮かんでいた。
試合後。
球場の外。
啓介は一人で空を見上げる。
スマートフォンを見る。
福間監督からメッセージが届いていた。
「初勝利、おめでとうございます。」
啓介はすぐに返信する。
「ありがとうございます。まだまだです。」
すると。
すぐに返信が来た。
「その気持ちを忘れないでください。」
啓介はスマートフォンをポケットにしまった。
そして。
選手たちの待つバスへ向かって歩き出す。
福間監督から受け取ったバット。
それは今も。
啓介の部屋に大切に置かれている。
しかし。
これから振るバットは。
啓介自身のもの。
これから作る柳城高校も。
啓介自身の柳城高校。
新監督としての一年目が。
静かに始まった。
第119話 終
コメント
1件
おお、第119話……新監督・啓介の船出、めちゃくちゃ良かったっすね🔥 福間監督から受け継いだ「全員がチーム」っていう精神を軸に、でも自分色を加えようとする姿勢が熱すぎる。「緊張してます?」「……してます」のやり取りからの空気の和み方、自然で好きだわ。初勝利で涙ぐむのもグッときた。福間先生からのメッセージも含めて、これからの柳城が楽しみすぎる! 連載中なら今後も追いかけます🔥
#高校野球
天海カオル
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