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柘榴とAI

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#探偵
橘靖竜
5,431
#闇バイト
るしゅ
753
死んだはずの、吾妻勇太の姿があった。
「勇太兄さん」
公式の場であることも忘れ、沈思熟考は兄の名を口にした。
「……副会長!」
「副会長!」
突然現れた吾妻勇太を呼ぶ声が、式場のあちこちから上がった。
「久しぶりだな」
勇太が、沈思熟考にだけ届くほどの声でつぶやいた。
静岡県の海岸で発見された遺体が、吾妻勇太だと報じられてから、しばらくが経っていた。
再び姿を現した勇太は、以前に比べて痩せていた。そればかりか、頬から耳にかけて焼け焦げたような裂傷があり、柔らかだった目は鋭く光っている。
亡霊ではない。
本物の人間が、そこに立ち、呼吸をしている。
それはもちろん勇信が仕組んだ演出ではない。また特殊効果が施された映像でもない。
勇太を目撃した出席者たちの驚愕した表情が、それを何よりも物語っていた。
勇太の出現に、就任式場は一気に狂乱の場となった。
「副会長!」
「本当に……本当に副会長なのですね!」
「どこにいらっしゃったのですか!」
多くの社員が、一斉に勇太を取り囲んだ。
沈思熟考も兄へ近づこうとした。
しかし人だかりが厚く、途中で足を止めるしかなかった。
壇上から、大勢に囲まれた勇太をただ見つめる。
「……兄さん」
自宅のリビングで中継を見ていた5人の勇信が、同時につぶやいた。
あまりの衝撃に、額には大量の汗がにじんでいた。
全員がまばたきも忘れ、混乱する式場の映像を見つめている。
「誰か、すぐに美優ねえさんに連絡してくれ。兄さんが生きていたことを知らせてやらないと……あっ」
あまのじゃくとポジティブマンが同時に口を開き、同時に自分たちの置かれた状況を思い出して黙った。
「今は、画面の中の俺だけが勇信だ。電話なんかもってのほか。そもそも、この家にいるのもアウトだ」
会場は、デモでも起きたかのように騒然となっていた。
そのとき、モニターに映る沈思熟考がカッと目を開いた。
「皆さん、少し静かにしてください!」
マイクを通じて響いた大声に、式場の空気が凍りついた。
沈思熟考が、ゆっくりと勇太へ向かって歩いていく。
海が割れるように、人々が道を開けた。
「兄さん。一体、何があったんだ。どうやってここに」
勇信と勇太が顔を合わせたのは、死亡が報じられて以来のことだった。
「吾妻常務。副会長と呼べ。ここが公式の場であることを忘れるな」
勇太は、弟の悲痛な表情を感情のない目で見つめた。
そしてそのまま勇信の横を通り過ぎ、司会者の席へ向かう。
勇太はマイクを手にした。
壇上に立ち、周囲をゆっくりと見渡す。
その場にいる全員が、固唾を飲んで勇太を見守った。
「親愛なる社員の皆さん。今目の前で何が起こっているのか、混乱していることでしょう。連日のニュースでご覧になったと思いますが、私は命を失ったとされています。しかし報道は真実ではありません。私がこうして、ここに立っているのですから」
勇太の声は落ち着いていた。
死者として扱われていた人間の声とは思えないほど、冷静だった。
「私は死んでなどいません。未来ある吾妻グループを捨てるようなわがままを、私が選択するはずもありません。私にできることは、ただひとつ」
勇太はそこで言葉を止め、揺るぎない視線でカメラを見つめた。
「私は、暗いトンネルのような時間の中に閉じ込められていました。そこはとても暗く、終わりのない絶望のような時間でした。しかしその絶望の中で、私はようやく自分の役割に気づいたのです」
式場の誰もが、息を止めていた。
「明日、マスコミを呼び、正式に記者会見を行います。そこで私が健在であることを示し、吾妻グループの未来について話すつもりです」
勇太はマイクを置き、そのまま就任式場をあとにした。
会場は呆然としていた。
司会者が、震える手でマイクをつかむ。
「私もまだ混乱しておりますが……あ、吾妻副会長は、生きていらっしゃいます。副会長が戻られた以上、本日の就任式はキャンセルということでよろしいのでしょうか。せ、専務。ご確認をお願いいたします」
壇上に残された沈思熟考は、しばらく考えに沈んだ。
それからマイクを握る。
「副会長が戻ってこられて、これ以上喜ばしいことはありません。本日の就任式はキャンセルとさせていただきます。今後も吾妻勇太が副会長として、グループを統率いたします」
「承知しました。常務の同意をいただきましたので、本日の就任式は中止とし、これをもって終了とさせていただきます。すでに正午を過ぎておりますので、社員の皆さんはすみやかに昼食をとってください。私も昼食の約束があるので――。ああ、私は今、何を……。申し訳ございません。それでは、本日の就任式を終了させていただきます」
就任式の放送は、そこで終了した。
「……勇太兄さんが生きていた」
「まさか、こんなことが起こるなんて……」
自宅で待機する勇信たちが、一斉にため息をついた。
5人は呆然としたまま、キャベツの千切りを口に入れ、ミニトマトを食べた。
それからシェフが作ったまずい味噌汁を平気で飲み、お椀をテーブルに置いた。
「みんな、あまりのショックで味覚を失ったようだな」
シェフが、ひとりつぶやいた。
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