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「でも、お兄さんと〜、えっちできるならどっちでもいいよ」
「ははは、酔ってるね」
(酒のせいもあんのか、勃つ予感もないなー)
この男のロマン溢れる感触に、反応を見せない自分が少し心配にもなるが……目の前の相手が真衣香なら、何が何でもガッつけるだろう。決して枯れてるわけではない。
そう信じてる。
(違う女には、こうもテンション上がらないんだな……)
しんみりした空気を背負いながら女に答えた。
「俺、付き合いで来ただけ。ヤリたいなら俺の連れ、他にもいるから相手してやって」
「えー、私、お兄さんがいいなぁ。ね、名前教えてよ」
「教えない」
一刻も早く胸から離れなければ、と。手を振り解く。
その勢いのまま、カウンターチェアから立ち上がるけれど。逃がさないといった様子でサンタ女が力いっぱい抱きついてきた。
「意地悪〜」と、口を尖らせ坪井の膝を押し広げながら、太ももを割り込ませてくる。
「ね、しようよ、ダメ?」
うるうるとした上目遣いで、ダメかと問われれば……ぐらりと揺れた。
息を呑んだのがバレたのかもしれない。
密着していただけの太ももが、ぐりぐりと動かされ、強い刺激が与えられた。
そこを目掛けて血液が集中していくのがわかる。熱を持ち始めてしまった。
反応した欲望を、生理現象だと言えばそれまで。
快感が、理性を潰していくのが嫌というほどにわかった。すると、待ってましたと言い訳ばかりが頭の中で踊り出す。
(……俺が今我慢しても、この女を抱いても。どっちでもあいつは興味ないんじゃないの。八木さんが、大切にしてんだし……)
もう何度も肌を重ねているのかもしれない。
そう考えると、八木の下で身悶える真衣香が頭の中に浮かんでしまった。
あの肌に触れて、声を聞いて、今この瞬間にも八木は真衣香を抱いているのかもしれない。優しく、慈しむように。
ドクドクと、心臓の音が頭に響く。身体中を支配していくドス黒い、この嫌なものから逃げ出したい。
甘い蜜が目の前にある。口にすれば、その味で頭がいっぱいになるはずだ。
坪井は、そんな都合のいい甘さを知っている。
(隼人の言うとおり、なんじゃないの)
真衣香は既に他の男のもので、独りよがりな義理立ては求められてもいない。
(セックスはストレス解消ねえ)
魅惑的な肉体を見下ろす。そこにはもちろん何の気持ちもないけれど……この女を抱いて、嫌なことを飛ばしてしまえばいいじゃないか。
――心の中に潜む弱さが、大きく主張を始める。
それこそ、まさに憂さ晴らしになるんだぞ。
お前のセックスの意味合いなんて、もともとそんなものだったじゃないか……と。
(ちょうど、そこそこ勃ってるし、いーんじゃん。俺がこの女を抱いたところで立花は悲しんだりしない)
女に手を伸ばし、湾曲が美しい腰に手を添えて……『場所変えよっか』と、囁けばいい。
それだけだ、いつものこと……なのに。
『大好き、坪井くん』
頭をよぎる、いつかの、笑顔。
穏やかな声。
触れた唇の暖かさ。
肌に指を這わせた時、込み上げてきたもの。
愛おしさが、身体中に、こびりついて離れない。
坪井は、身震いするほどに大きく息を吸い続け、そして大袈裟に吐き出した。クールダウンのためだ。
そうして、密着する身体をゆっくりと引き離す。
“強くなりたい”
抱きたい女なんてこの世にたったひとりだけだ。
立花真衣香、ただひとりだけなんだ。
額に手を置き、眩く光る天井を見た。
(……すげぇ。一生理解できないと思ってたのに。浮気できない男の心理、わかったかも。できないわ、無理だろ。失いたくない)
存在を。信頼を。隣に立つ権利を、隣に立ちたいと思える自分を。
それは、求められて仕方なく律するのでは意味がない。
要は心の持ちようで、相手の目に自分がどう映っていたいか。その姿を保つこと、保とうと努力できること。
求める強さは、きっとそれだ。
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