六条さんは格好いい。
学生時代は空手で全国大会優勝したらしく、長身の上にしっかりした体つきをしている。
今も趣味で空手を続けていて、走ったりジムで鍛えたりする事を忘れていない。
顔立ちもキリッとしている上、爽やかで陽気な人なので、『彼がいれば何とかなるのでは』と思わせる魅力のある人だ。
ストイックな人なので、仕事に対してもぬかりがない。
体育会系出身で打たれ強い上、信じられないぐらい社交的でポジティブだ。
そういう人は他人の痛みに鈍感になりやすいイメージがあるけれど、六条さんはとても気が利く上に優しい。
営業をする時も取引先相手について入念に調べ、お土産一つをとっても、相手の好みの上、とてもセンスのいい物を選ぶ。
人を喜ばせるのが好きな性格に加え、兄姉、弟妹がいるので、男女問わず気持ちを汲むのが上手いし、お年寄りにも人気がある。
モテるんだろうなぁ……、と思ったら案の定付き合いの長い彼女がいた。
いた……、けれど、六条さんは二十九歳になった今、営業部のエースの不動の地位を築いていて、仕事が乗りに乗って楽しい時期だ。
いっぽう彼女さんは早く結婚したいと思っていて、なかなかその気にならない六条さんんに愛想を尽かしたらしかった。
その話は飲み会で聞いたけれど、私は『待ってる間、自分も仕事に身を入れてお金を貯めたり、女を磨けばいいのに……』と思っていた。
そんな私は、ずっとガリ勉タイプだった。
友達いわく、性格はクールだけど、仲間内には優しい。
男性から見ると、小さくて可愛いタイプに見えるのに、男より頼りがいがあるらしい。
私も柔道をやっていたから、ノリで非体育会系の男子に『兄貴』と呼ばれていた事があった。勿論、嫌だったけど。
可愛げのない女なのは、学生時代から自覚していた。
他の子みたいに〝女子〟を売りにできないなら、私は頭脳とフィジカルな強さ、仕事っぷりを武器にしようと決めた。
社会人になったら、さらにそれを『可愛くない』と言われるのを承知の上で、だ。
大手企業に入社した私は、戦う気満々で仕事に挑んだ。
背が小さくて痩せていて、顔は(周囲が言うには)可愛い部類、そして大学を卒業したての〝女の子〟。
誰もが私を甘く見ると分かっていたからこそ、『私は〝女の子〟じゃない。この会社に働きに来た社会人だ』と思い知らせたかった。
歓迎会では案の定『可愛いね』と言われ、男性には愛玩動物でも見るような目を向けられ、女性たちには『守ってあげるからね』と言われた。
何もかも分かりやすくて、嫌になる。
仕事が始まって、私の教育係についたのは六条さんだった。
体格が良くて顔のいい彼は、分かりやすい〝強者〟だ。
だから私は、当然のように六条さんを敵視していたのだけれど――。
『なぁ、沙根崎。疲れてないか?』
飲みに誘われて嫌々居酒屋に行ったら、六条さんにそう言われた。
『仕事帰りですから、疲れてるのは当たり前ですけど。ノミニケーションは分かりますが、要件をお聞きしたら、早めに帰宅したいと思っています』
当時の私は彼が嫌いだった。
生まれ持って恵まれた条件を持つエリート男性は、私のように何をしても不利になる存在の痛みを知らないと思っていたからだ。
だから当然、六条さんにもツンツンした態度をとっていた。
『そういう意味じゃなくて……。いや、疲れてるのに寄り道させたのは悪いけどさ。お詫びに飲み代は奢るよ』
『ありがとうございます』
私はツンとしたままお礼を言う。
(あーあ、可愛くない。…………って思ってるでしょうね。私もそう思います。自分でも自分を可愛いと思えないし、思いたくもない。……だからこれ以上関わらないでほしい)
六条さんみたいなできる男といると、どんどん惨めになってくる。
いっその事、男に生まれたかった。
『沙根崎っていつも、ここにシワが寄ってるよな』
六条さんはそう言って、私の眉間にトンと指先を置いた。
そしてそこをスリスリと撫でてくるので、驚いた私はパシッと彼の手を払った。
『……何するんですか』
男性にこんな事をされた経験がないので、シンプルに驚いた。
『あ、悪い。距離感が近いって言われるんだよな。勝手に触ってすまん』
彼はクシャッと笑い、その笑顔を見ると怒る気持ちも失せてしまう。
『……一体何なんですか』
『沙根崎って、〝舐められて堪るか〟って思ってるだろ』
微笑んだ六条さんに言い当てられ、ドキッとした。
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