『そんな事……』
『表情や態度に出てるんだよ。女性社員に対しては友好的に接してるけど、男が相手になるとムッとした顔をして、自分の弱みを絶対に見せないって雰囲気を発してる』
図星を突かれた私は黙り込む。
六条さんはウィスキーの水割りを飲み、溜め息をついてから言った。
『俺が沙根崎の気持ちを〝想像〟するっていうのも、失礼な話だし嫌がると思う。……その上であえて〝想像〟するけど、小柄で〝可愛い〟って言われる事で、過去に嫌な想いをしたか? それとも男に嫌な事をされた?』
言い当てられた私は、嫌な記憶を思いだす。
唐揚げをバクッと食べてモグモグ噛んでいると、六条さんは椅子に寄りかかって言った。
『女性って嫌な目に遭いやすいよな。大人しかったら〝可愛い〟、自分の意見をハッキリ言うなら〝生意気〟と言われる。どれだけ勉強して活躍したいと思っても、男たちから圧力を受けてなかなか上にいけない。上昇志向のある沙根崎みたいな人が、俺みたいなタイプを嫌うのは仕方ないと思ってる』
まさにその通りな事を言われ、私は何も言えずに唐揚げを咀嚼し続ける。
『気持ちは察する。〝分かる〟とは言わない。……だが、少なくとも俺は沙根崎を害してないと思う。沙根崎が抱えている怒りと、俺への態度は切り離してくれないか? 俺だけじゃない。普通に接してる同僚みんなにもだ』
反論できない事を言われ、私はうめくように尋ねる。
『……クレームがあったんですか?』
『いいや? ……ただ、このままじゃ将来的に沙根崎の立場が悪くなる。今は可愛い新人で済ませられていても、人は自分に敵意を持つ者を遠ざけようとする。人付き合いは鏡だ。沙根崎がツンツンしていたら、相手も同じような対応をして、やがてお前は孤立する』
私は溜め息をつき、沈黙した。
それは自分でも感じている。
二十三歳の今なら、まだ『血気盛んな若造が言う事だから、多少無礼でも許してやろう』と思われているだろう。
でもアラサーになり、結婚しないまま三十路を越えてもこのままなら、〝嫌われ者の沙根崎〟として鼻つまみ者になっているかもしれない。
男性に好かれたいなんて思わない。
けど、せっかく希望した大企業に入れたのに、上手く人と接する事ができずに孤立していくなんて嫌だ。
それで活躍できる機会を失うとすれば、最悪だ。
私は黙り込んだまま、テーブルの上に視線を落とす。
六条さんも私の返事を待ち、居酒屋の陽気なBGMがやけに空しく響く。
彼は私を責めているんじゃなくて、助けようとしてくれているんだ。
(ここで意地を張ったら、六条さんにも見放されるかもしれない。誰もが注意したくて、こじれるのを嫌って言えずにいる事を、彼は私のためを思って忠告してくれている)
自分の弱さを認めるのは、恐い。
間違えている事を認めるようで、とても恥ずかしいし、屈辱的だ。
でも分かってる。
ここで生き方を修正できない人は、自分が間違えていると自覚できないまま、周りの人に嫌われていく。
上辺だけ話を合わせてくれる人と付き合い、その人たちに裏では悪口を言われ、勘違いしたまま生きていく。
自分でも心のどこかではまずいと思っているのに、意地を張ったまま修正できずに歳をとってしまう。
なら、早いうちに『私は間違えています』と認める勇気を持たなくちゃ。
私は小さく口を開き、言葉を発そうとして息を吸い、なかなか言えずに溜め息をつく。
『頑張れ。自分の思ってる事を言ってみろ。俺は笑わないから』
六条さんに励まされ、張り詰めていたものが決壊した。
私はポロッと涙を流し、声を震わせて告白する。
『……意地を張るのをやめたいです。……でも、意地を張らないと弱い自分を守れないんです。…………初めての彼氏は、さんざん私の事を〝可愛い〟って言ったくせに、いざ付き合えば私が可愛げのない女だと分かって、……媚びるのが上手い友人と浮気したんです。怒りを叩きつけたら〝見た目詐欺〟だって言われました。背が小さくて童顔気味なら、穏やかな性格をして男を立てないとならないんですって。バカみたい』
私は二度と会いたくない男の顔を思い浮かべ、鼻で嗤う。
『だから、人を見た目で判断する男は嫌いですし、〝女子〟を武器にする女も嫌いです。でも無理に髪を短くして、いつもパンツスタイルにするとか、本来の自分を偽るのも嫌なんです。私はロングヘアが好きだし、メイクだって好きです。でも媚びてる訳じゃない。自分が好きだからそうしてるだけ。……なのにいつも、〝こんな可愛い子を彼女にできたら鼻が高い〟とか、…………っ、お前のためにやってんじゃねーよ!』
私は拳でドンッとテーブルを叩く。
感情を爆発させたあと、私はしばらく荒くなった呼吸を整えていたけれど、取り乱したと自覚して『すみません』と謝った。







