お子さんと同じお弁当を持って来てるんだろうな。
「うちは、子どもがいるからね。旦那の分とついでに作っちゃうけどさ。桜の彼氏もお弁当作ってもらえて幸せだね」
遥さんは既婚者だ。
旦那さんとまだ小さいお子さんがいる。
「彼氏は……。私のお弁当は気に入らないみたいで……。買って食べたりしているみたいですよ?」
最初は「ありがとう」って持って行ってくれたのに。
いつからか「いらない」って言われるようになっちゃった。
美味しくないのかなって思うけど、夕ご飯は食べてくれるし、会社の人に見られるのが嫌なのかな。
「えっ!そうなの?」
遥さんは驚いていた。
食べ終わり、給湯室で食べたお弁当を洗おうと思い、腕捲りをする。
あっ、痣になってる。手首にしっかりと《《あの時》》の痣が残っていた。
「ねっ、その痣、どうしたの?大丈夫?」
後ろから遥さんが話しかけてきた。気付かなかった。
「アハハハ……。ちょっとぶつけちゃって。ドジですよね?痛くないんで大丈夫です」
苦笑いを浮かべるしかなかった。《《本当》》のことなんて言えるわけがない。
「もう、桜って抜けているところがあるんだから気を付けなよ?」
ポンポンと肩を叩かれる。
「はい」
自然に返事……。できていただろうか?
休憩中、携帯を見ると優人からLIEE(無料通話・メールアプリ)が来ていた。
なんだろう、珍しいな。
<今日は飲み会で遅くなる。帰らないかもしれない。飯はいらない>
良かった。ご飯いらないんだ。適当な物で済ませられる。
少し嬉しくなってしまう自分がいた。
社内で帰宅時間のチャイムが鳴った。
うーんと背伸びをする。
遥さんは、外出中か。そのまま直帰なのかな。
そんなことを考えながら自分も帰宅の準備を進めていた。
「成海さん、ちょっとお願いがあるんだけど……」
声をかけてきたのは、私より一つ年上の近藤先輩だった。
嫌な予感がするが「はい?」返事をするしかない。
「私、今日、どうしても定時で上がらなきゃいけない用事があって……。この資料、打ち込みがもう少しなんだけど、お願いしてもいい?」
あぁ。やっぱりそういうことか。
優人もご飯いらないみたいだし、このくらいのデータならそんなに遅くならないで帰れそう。
「はい。大丈夫です。やっておきます」
「ありがとう。本当に助かる!またお礼するからね」
手を振って早々に彼女は帰って行った。
明日はお休みだもんね。彼氏ができたって噂だし、デートなのかな。
淡々と近藤先輩から預かった資料を打ち込む。
しばらく時間が過ぎた時だったーー。
「えっ。まだ成海、残っているの?」
遥さんの声がした。戻って来たんだ。
「えっ。あぁ。はい。頼まれちゃって……。水瀬先輩もお疲れ様です」
私が打ち込んでいた資料を見て
「あ、これ、近藤のやつでしょ?最近、仕事を終わらせないで帰っちゃうことが多いって他の人が言ってた。今度、注意しとくから?」
資料を見て誰のかわかってしまうなんてすごいな、遥さんは。
「もう終わりそう?」
「はい、終わりそうです」
「ねぇ、もし良かったら二人で飲みに行かない?彼氏も帰り遅いんでしょ?」
えっ、遥さんと飲みに行ける。
嬉しいけれど――。
「遥さん、お子さんは大丈夫なんですか?旦那さんは?」
家庭がある人だから無理させちゃいけない。
「あぁ。今日旦那が休みだし大丈夫。連絡しとくから?」
そうなんだ。だったらたまには私も気分転換してもいいよね?
「ぜひ行きたいです!」
「んじゃ、店予約しとく!あと、旦那に電話してくるね。仕事終わらせて、帰る準備しておいて?」
携帯を持ち、遥さんは所内から出ようとしていた。
「あのっ、お店とか任せちゃって申し訳ないです。私が……」
「いいの、いいの。一緒に行きたいところがあるから」
私の話を半分に聞き、遥さんは出て行った。
一方――。
「もしもし?蒼《あおい》?」
桜の聞こえないところで、遥は電話をかけていた。
<ちょっと!お姉ちゃん!私の仕事中は、蒼《あおい》って呼ばないでって何回も言っているでしょ!?>
※LIEE→この作中だけの無料通話・メールアプリのこと。
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