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和久井の目に飛び込んできたのは、愛くるしいエレーサの笑顔だった。真っ白な肌のそばかすも、少しカサついている顎先も、赤毛色の髪の毛もブルーの瞳もいつもと変わらない。
彼女の心の中までは読めなくても、無理して必死に耐えているのはわかった。
エレーサは、和久井を見るなり抱きついた。
そしてその両腕を、ぎゅっと首に絡ませた。
「ひとりはイヤ」
エレーサの鼓動を間近に感じながら、心の声を聞いた気がした。
国後島古釜布で産まれたエレーサを、東京ジェノサイドの犠牲者にしたくなかった。
これから起こり得る未曾有の困難 ー例えそれが憶測や推測だとしても、愛した人を巻き込みたくはないから、和久井は別れをいつ切り出そうかと悩んでいたのだ。
そんな愛くるしいエレーサは、キッチンへと引っ込んで、何やら揚げ物の準備にとりかかろうとしている。
テーブルには、一輪のユリの造花が飾られていた。
「枯れちゃうと淋しいから」
と、エレーサは前に言っていた。
そんな想い出が蘇る。
エレーサの後姿を、いつもよりも長く眺めていられる時間は、どことなく仕合わせだった。
「これではいけない」
そう思いながら、別れ話を切り出すタイミングに躊躇する葛藤も苦しかった。