コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
テーブルには、盛り沢山の天ぷら料理と暖かなうどんが並べられていく。炊き込みご飯は、非常食として備蓄していたツナ缶を利用したものだ。
所々の黄色い切れ端はレモンの皮。
蕨に大葉、ノリとかぼちゃ、そして白身魚の天ぷらの前には、もみじおろしたっぷりの天つゆと塩が並べられ、小鉢の控えめなうどんには、チーズがとろけていた。
エレーサは、和久井の真正面に座って言った。
「ウデにノリをつけてがんばりました」
和久井は笑った。
エレーサの日本語は日々上達していた。
ジョークのつもりの台詞は。食事の際のいつもの一コマに過ぎなかった。
しかし、今日は格別にそんな日常が愛おしく感じた。
盛られた天ぷらのかぼちゃに、エレーサは『じゃじゃん!』と言いながら、ロシアと日本の国旗をさした。
和久井は言った。
「お子様ランチ…あ、そっか!」
エレーサは、してやったりな微笑みを浮かべて、
「いただきます」
とはにかんだ。
天ぷらは和久井の大好物で、浅草の老舗の店は、ふたりのデートコースになっていた。
幼い頃、和久井はその店に父に連れられて、天ぷらとは塩で食うものだと教わった。
父親の固定観念を払拭したくても出来ない。
その影響が、深く浸透している自分が大嫌いだった。
エレーサの前には、もみじおろしたっぷりの天つゆ。
和久井の前には、当然のように盛られた塩の器。
揚げたての衣がパリパリと音を立てている。
エレーサは、微笑みながら白身魚の天ぷらをつゆに浸して頬張っていた。
和久井が言った。
「ごめん。天つゆに大根おろしのが良いいな」
エレーサは驚いた顔をしたが、すぐにつけつゆを和久井の前に差し出した。
「たっぷりと、ベトベトにするとおいしいのよ」
「べとべとね、わかった!」
和久井は白身魚の天ぷらを、これでもかと言わんばかりにつゆに浸した。
エレーサといると、すこしだけ変われる気がした。
もみじおろしと一緒に、天ぷらを口の中に頬張る。
旨味に隠れた香ばしさが鼻から抜けて、その後にもみじおろしの爽やかさが広がった。
最高に美味しかった。
エレーサは嬉しそうに微笑んでいる。
その唇は、つゆで濡れていた。
「別れたくはないな…」
と、和久井は今更ながら確信していた。