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あの日の“好き”が追いつくまで~~m×k~
Side康二
朝7時。スマホのアラームが、地味に耳障りな電子音を立てて鳴る。
目を開けたくない。開けたら現実。現実っていうのはつまり、今日から“あれ”が始まるってことだ。
布団の中でうだうだしていたその時、スマホがブルッと震えた。
「……うわ、早……」
画面には「母(実家)」の文字。はい来た、モーニングコールという名の監視。
しぶしぶ指でスライドして電話に出る。
「康二、起きてるか?」
「……起きてるよ。さっき起きたとこ」
「今日から予備校やろ? 初日サボったら次からずるずる行かんようなるんやから、ちゃんと行きや。あんたが“今は芸能の活動もあるし”って言うから黙って見てたけど、もうあかん。あの成績はホンマにやばい」
ぐぅの音も出ない。
「……うん、わかってるって」
「この前の模試、数学20点てなんやねん。理科なんか3つしか合ってへんかったやろ? 高校、落ちるで」
「う、うん……でも俺、ちゃんと見てたで? 社会は30点いったし」
「そんなんで自慢にならんわ。ええか? そのまま東京で頑張りたいんやったら、ちゃんと合格して結果出しぃ。あんたが“戻りたくない”って言ったから、こっちは信じてるんやで」
母の声はいつも通り強めで、でもその奥にちょっとだけ優しさが混じってた。
俺が東京に一人で出てきた時、心配しながらも「頑張りぃや」って背中を押してくれた人や。
「……行くって。今日からちゃんと行くよ。サボらんし、たぶん……いや、絶対行く」
「“たぶん”がいらんの。ほな、行ってらっしゃい」
プツッ。
スマホを置いた瞬間、部屋の静けさが耳をつんざいた。
一人暮らし。狭い6畳ワンルーム。洗濯物をたたんでない床の上に、昨日の夜食べたコンビニ弁当の空き容器が置きっぱなし。ちょっとだけ、実家の雑音が恋しい。
「……予備校かぁ」
あれはたしか、母が言ったんや。「このままやったら受からんから、予備校探しといたで。駅から10分、口コミ4.2、静かで集中できるって」って。
親が調べた予備校に、親が申し込んで、親が半分お金も出してくれて、俺は渋々通うことになった。
……それってどうなん? いや、感謝はしてるけど。けど、ねぇ?
冷めかけたコンビニのおにぎりをレンチンして、カップ味噌汁を注ぎ、お箸で混ぜながら考える。
「ほんまに、俺、受験とかできるんかなぁ……」
自分で選んだ東京。楽しいこともあった。けど、勉強だけはどうしても後回しになって、気づいたら“落ちこぼれ予備軍”。
母に「大阪戻ってこい」って言われる日も近いんじゃないかと、少し背筋がゾッとした。
「逃げたら終わりやし……行くか」
予備校は高校が終わってから行く事になっている。
俺は学生服に着替えて、リュックに参考書とノートを詰め込む。背負ってみると、意外と重い。いや、これは参考書の重みというより、親の期待と自分へのプレッシャーやろな。
玄関を出て、鍵をかけ、階段をとぼとぼと降りていく。
眠気がまだ残る朝の風。ちょっと肌寒い。
「……せめて、怖い先生とかおらんといてくれ……」
そんなぼやきをひとつ、口からこぼして、学校へと歩き出した。
――――――――――――
坂道を上がったところにある、中学校の校門。
春の朝は空気がちょっと冷たくて、シャキッとする。
まだ少し眠気が残った体を引きずるように、ぼんやりと歩いていた。
「……あ~、ダル。予備校って響きがまず疲れるやん……」
ついさっき母に電話で絞られ、無理やり押し込まれるように始まった“放課後予備校生活”。
とはいえ、まだ授業も始まってない午前8時前。今日はまず学校を生き延びるところからや。
そんな時、背後から元気すぎる声が飛んできた。
「よっ康二」
「お、今日も生きてるな、えらいえらい!」
元気な“よっ!”の声と、軽妙な“褒め言葉”の波状攻撃。
振り返ると、そこには――舘さんとしょっぴー。同じ制服を着た男子が二人。
どちらも、東京の芸能活動と両立して学校に通っている、俺の仲間。
それこそ、自分より何歩も先にステージに立って、キラキラ輝いてる存在や。だけど、こうして一緒にダベる時は、ただの陽気な友達。
「……なんやねん、朝からテンション高ない? オレまだ半分寝てんねんけど」
「朝は元気が大事!」
「気合いが顔に出てないぞ、康二くん」
二人のテンポはいつも絶妙や。
標準語バリバリでしゃべるもんやから、こっちの関西弁がより目立つ気もするけど。
「今日はどうせあれでしょ? 学校終わったら……予備校~♪」
しょっぴーが妙に楽しそうな顔でニヤニヤする。
「やめぇ、なんでちょっと歌ったん。予備校にメロディ要らんから」
「康二が“俺は自由や!”って叫んでたのに、まさかの放課後拘束コース」
舘さんも後ろから追い打ち。
「しかも今日が初日だよね? いや~、マジおめでとう。康二、記念日だ。カレンダーに“予備校スタート記念”って書いておきなよ」
「祝いごとちゃうわ!」
思わずツッコミを入れる俺。でも、二人は悪気があるわけじゃない。
むしろ、こうして笑いに変えてくれるあたり、優しさでもある。
「ええねん、どうせオレは勉強できへんし。……成績下から数えた方が早いんや。反省してんねん、ちゃんと」
「まあでも、ちゃんと行くって偉いよ? 康二が机に向かってる姿とか、想像つかないけど」
「わかる。“鉛筆ってどっち向き?”とか言ってそう」
しょっぴーが悪戯っぽく笑いながら言った瞬間、俺は立ち止まって振り返った。
「いやいや、ちょっと待てコラ。二人も人のこと言えんやろ! 二人とも成績ボロボロやんけ!」
指さして反論すると、舘さんとしょっぴーは顔を見合わせて「うんうん」と頷いた。
……いや、頷くなし。
「だって俺、しょっぴーがこの前の英語のテストで“カモンベイビー”しか書いてなかったの知ってんねんからな?」
「だって最初の設問が『Come on baby』だったんだもん。そこだけテンション上がってさ」
「上げどころ間違えとるわ!」
「それに舘さん、この前の数学で“π=3.14”って書いたあと、“うまそう”ってだけ書いて提出してたやろ!」
「いや、あれはほんとにお腹空いてたのよ。π(パイ)って見た瞬間、脳が“ミートパイ”って連想しちゃって」
「授業中にパイ連想してるやつが、よう人の成績いじれるな!」
俺の反撃が炸裂し、よっしゃ今が勝ち時や!と思った矢先――
しょっぴーが急に真面目な顔になって言った。
「康二……お前、先生の話、聞いてなかっただろ?」
「……え? なにが?」
「この間のテストで**赤点だった場合、最悪“進級できないかも”って言われたやつだよ」
「……は?」
一瞬、時が止まった。
「進級……できない?」
「そう。だから俺たちは今回のテストだけ、死ぬ気で頑張った」
「いや、いやいやいや! 聞いてへん聞いてへん! なにそれ重大ニュースやん!?」
「……だよな。康二、その話のとき立派に船漕いでたからな」
「……」
「……ガクンガクンって、すごい立派な漕ぎ方してたよな。ほぼ漁師だったよ」
「おまえ、俺を漁師にするな……」
膝から力が抜けた。
頭の中では「進級できない」の文字が太字でフラッシュしてる。
「え、でもほんまに?ホンマに赤点であかん感じ?冗談ちゃうん?」
「先生、ちょっと怒ってたよ。“来年も中学生として会うことになるかもね”って」
「うわああああああ!! こっわ!!!」
カバンの奥底から、ぐしゃっとなったプリントを引っ張り出して確認してみる。
……ああ、あった。“今回のテストは進級に関わる重要な判断材料となります”って。
しかも赤ペンで線引いてあるやん……! なのに、俺はその授業中に夢の中でたぶんサバイバルゲームしてた。
「……終わったやん、オレ……」
「ま、だから康二も今から頑張ればいけるって。予備校も行くし?」
しょっぴーが軽く言う。
その横で舘さんが「予備校で寝ないようにね」と火に油を注ぐ。
「……ちょっとほんまにヤバい気してきた……」
俺は俯いて、とぼとぼと昇降口の方へ歩いた。
ただでさえ“放課後に予備校”という時点で憂鬱MAXだったのに、“進級すら怪しい”という現実がズドンとのしかかる。
今日という日は、間違いなく、俺の中学生活最大のピンチの幕開けや。
だけど……いや、でも……
「ほんまに、もう寝てる場合ちゃうな……!」
その日は珍しく、授業中、康二がちゃんと起きていたという目撃情報が多数あったとか、なかったとか。
―――――――――――
夕方の東京。
学校が終わって、制服のまま人波をかき分けながら、俺は予備校へと向かっていた。
街は、やたらと騒がしい。
自転車が走り抜けていく。横断歩道の信号は赤から青へ、青からまた赤へ。
ビルの隙間から流れてくる工事の音、コンビニから飛び出してくる電子音、そして行き交う人々の話し声が、まるで全部一斉にこちらへ押し寄せてくるみたいだった。
「……人、多すぎやろ……」
知らん顔、知らん声、知らん表情。
東京って、こんなに人がおって、こんなに騒がしいのに、なんでこんなに“孤独”って感じがするんやろ。
駅前の広場を抜けながら、ふと思う。
「こんだけ人おったら……知ってる人の一人や二人、おってもおかしないんちゃうん」
それは、ふいに浮かんだ考えだった。
でも、同時に、思い出した。ずっと昔、ここに来たことがあるってことを。
──まだ小学生の頃。
夏休み、父の出張にくっついて、ひと月だけ東京に住んだことがあった。
住んでたのは、今とは別の町やったけど、それでも東京は東京。
コンクリートのビルが並んで、空が細くて、アスファルトは昼間ずっと熱をため込んでいて。
蝉の声が、どこからともなく響いては消えて、音だけが耳に残る、そんな暑い夏。
慣れない街。知らない人。遠く離れた大阪の友達とも連絡が取れず、
その時の俺は正直、不安でたまらんかった。夜になるたびに、実家が恋しくなった。
「なんで東京なんか来たんやろ」って、布団の中でこっそり涙ぐんだこともあった。
そんな時だった。
その子に出会ったのは、父と住んでた短期マンションの隣の公園だったと思う。
たしか、同じくらいの背丈の、黒髪の男の子。
名前は……もう思い出せへん。たしか、最初に名乗ってくれた気もするけど、あだ名だったかもしれん。
でも、その子は不思議なくらい話しかけやすくて、最初から「ザリガニ取りに行かない?」って言ってきた。
「ザリガニ? 東京にもおるん?」
って俺が言ったら、
「いるいる。あっちの公園の奥の用水路にめっちゃいる」って、笑って。
一緒に自転車を押して、道のないような雑草だらけの裏道を抜けて。
長い針金の先にスルメをつけた即席の釣り竿で、静かに水の中を覗き込んだ。
東京なのに、不思議と時間がゆっくり流れていた。
風が揺らした草の匂いと、濡れた泥の感触。
釣れたザリガニをバケツに入れるときのあの、こそばゆい笑い声。
服が汚れるのも気にせず夢中になった、たった一日だけの冒険。
あの夏。
俺は、その黒髪の男の子と、ほんの少しだけ毎日を一緒に過ごした。
数日だけの付き合いやったのに、不思議とその時間は濃くて、印象に残ってる。
夏休みが終わって大阪に戻る日、その子とちゃんとした別れもせず、気づいたらもう二度と会わなくなっていた。
名前も、もう思い出せない。
でも、確かにそこにいた。俺の記憶の中に、今もちゃんと息づいてる。
──そうや、もしかして。
今ここを歩いてる誰かの中に、あの時の子も……おったりするんやろか。
そんなことを考えてる自分に、ちょっとだけ驚いた。
「……あかん、センチメンタルなってるやん……オレ」
自分にツッコミを入れながら、ビルの影に隠れた小さな建物が見えてきた。
扉の上には「個別指導型予備校」の看板。
いよいよ、現実の始まりや。
心のどこかで、あの黒髪の少年との思い出にちょっとだけ背中を押されながら、
俺は一歩、予備校の入り口へと足を踏み出した。
――――――予備校のビルは、駅から少し外れた静かな通りにあった。
高さのない建物だけど、入口には明るい照明が灯っていて、「ここで学べば未来が変わります」と言わんばかりのポスターが貼られていた。
夕暮れ時。空がほんのりとオレンジに染まる頃。
俺は緊張で少し早足になりながら、ビルの前の階段を上ろうとした……そのときだった。
「……夏帆、わがまま言うなよ」
「やだ! もう帰る!」
予備校の玄関前。
スニーカーのかかとを鳴らして、女の子がぷいっと顔を背ける。
その前に立っているのは、黒いパーカーの男の子。
背が高くて、制服のネクタイをゆるく外し、片手で軽く額を押さえるようにしていた。
その姿が、なんとなく“カップル”っぽく見えた。
なにやら痴話げんかの最中──そう思って、俺は反射的に視線を逸らしかけた。
……けど。
次の瞬間、ふと顔を上げたその男の子の横顔が、
さっき、道中で思い出した――あの夏の少年の顔と、重なった。
一瞬、息が止まった気がした。
夕陽を背にして、長めの前髪が額に落ちている。
細くて涼しげな目元。少しだけ口元に力が入っているような、困ったような表情。
「……めめ……?」
思わず、口から名前が漏れた。
言った瞬間、自分でも「何言ってんねん」と思った。
だって、本当に彼かどうかもわからへん。
でも、でも――
俺の記憶の中に残ってた、黒髪の少年のイメージが、すっかり大きくなって目の前に立ってた。
その時だった。
その男の子が、一瞬、こっちを向いた。
目が合った――ような気がした。
その目は、俺のことを見たのか、ただ目線を流しただけなのかは分からなかった。
でも確かに、その“横顔”が、こっちに向いた。
「……!」
心臓がバクンと鳴った。
気づかれた。いや、覚えられてたらどうしよう。話しかけられたら、どうしよう。
何を言えばいい? 「久しぶり」って? 「ザリガニ元気?」って? いやアホか。
わけのわからん思考が一気に押し寄せた俺は、そのまま踵を返して、予備校の奥に駆け込んだ。
……あれ、絶対“恋人っぽい関係”やろ。
あの子、“夏帆”って呼ばれてたな。
めめとあの子が、そういう関係なんやとしたら──
さっきまで“思い出の中の少年”だったはずの人が、あんなふうに、現実の中で誰かと揉めてるのを見ると、なんやろ……勝手に、胸の奥がちくっとした。
わけがわからん。でも、確かに動揺してた。
―――――予備校の教室は思っていたよりも静かで、整っていた。
白い蛍光灯の明かりが淡々と机を照らしていて、先生の声ははっきりと聞き取りやすく、
隣の席に座る子も、前の子も、みんなノートに真剣に何かを書き込んでいた。
(……あれ?)
そろそろ授業が始まるな、という頃合いになっても、あの玄関前で見かけた**“めめ”らしき男の子**は現れなかった。
教室の出入り口をちらちら見ながら、胸の奥がそわそわしていた俺だったけど、
時間が進むにつれて、どうやらこの教室にはいないらしいと分かってくる。
(……よかった……いや、なんかほっとする……)
正直、あんなふうに一方的に過去を思い出して、玄関前でちょっと騒がしい場面を見て、
それで気まずい再会……とかになったら、気まずさ指数限界突破やった。
授業は静かに、でも淡々と進んでいった。
解説は少し難しかったけど、学校とは違って「これ、受験に出る」っていう先生の真剣さが伝わってくる。
周りのみんなも、それに応えるようにペンを走らせていて、ちょっとだけ気が引き締まる。
(……よし。切り替えて、ちゃんとやろ)
俺はノートを開いて、久しぶりに“前向きな勉強”ってやつに取り組んだ。
――――――――
授業が終わって、玄関を出たところで、俺は小さく伸びをした。
帰りの夕焼けが、ビルの隙間から差し込んでいて、今日一日乗り切った安堵が肩にふわりとのしかかる。
(とりあえず、第一関門クリア……明日も寝ずに頑張る……)
そう思いながら靴を履いて、歩き出そうとしたそのとき。
「……もし人違いだったらごめん。もしかして……康二?」
ピタッ、と足が止まった。
今、確かに、名前を呼ばれた。
しかも、関西イントネーションではない、“東京の標準語”で。
後ろを振り向くと、そこには――
玄関の柱にもたれかかるようにして立っている、黒髪の男の子がいた。
「……あの……めめ?」
そう口にした瞬間、心臓がどくんと跳ねた。
顔立ちはもう、俺の知ってる“少年”のものじゃなかった。
身長も俺より少し高くて、線の細い体に無駄のない姿勢。
切れ長の目、少し鼻筋の通った横顔。影のあるような整った顔立ち。
(めめ……めっちゃ男前になったなぁ……)
思わず内心でそうつぶやいた。
すると彼――めめは、ふっと笑って言った。
「そっか、やっぱ康二だ。久しぶり。……夏休み、遊んだの覚えてる?」
その瞬間、時間が一気に巻き戻った気がした。
ザリガニを釣って、泥でズボンを汚して。
水たまりに飛び込んで、夕暮れになるまで遊び尽くして。
名前なんかすぐ忘れてしまったと思ってたのに、
一言声をかけられたら、全部がいっぺんに蘇った。
「うん……うん、覚えてる……」
自然と笑顔になっていた。
どこかの角を曲がるように、過去と今がふいに重なって、
“偶然”が“再会”に変わった瞬間だった。
予備校の前の道には、すでに授業を終えた生徒たちがまばらに歩いていて、時間が少しだけ緩やかに流れていた。
俺はというと、気づけばめめと並んで歩いていた。
肩が当たるほど近いわけじゃないけれど、歩幅は自然と揃っていた。
「……あの時のこと、ちゃんと覚えてるよ。ザリガニとか、用水路の裏道とか」
めめが、ふと空を見上げながら言った。
声は変わっていたけれど、口調の端々に残る柔らかさは、あの夏に出会った少年のままだった。
「うち、帰ってからおかんに怒られたわ。“あんたズボンまた泥んこやん!”って」
俺は苦笑しながら言うと、めめはぷっと吹き出した。
「俺も言われた。“なんでスルメでザリガニ釣ってるの”って」
「いや、あれめめが“これ最強やで”って自信満々で渡してきたやつやん!」
「そうだっけ? いや~、当時の俺、食べ物を武器に使うの好きだったんだよね」
「戦士かよ! もうそれ、完全にスルメソルジャーやん!」
二人の笑い声が、夕暮れの路地にふわっと広がった。
それはどこか懐かしくて、でも新鮮な空気だった。
めめは、ふっと笑いながら、ポケットに手を入れて言った。
「けどさ、俺、結構……楽しかったんだ。あの夏。都会の中で、遊び相手なんかいなかったし。康二がいたから、なんか救われてた」
驚いたように、横目で彼を見る。
「……え、めめも? 俺も実は、ちょっとホームシックなっててん。知らん人ばっかりやし、暑いし、コンビニの冷房が唯一のオアシスやったし……」
「俺、冷房効いた店の前に立って自販機のふりしてたよ」
「いやそれもう、機械になりかけてるやん! ボタン押したらアクエリアス出てきそう!」
二人の笑い声が、再び弾ける。
どこかくすぐったくて、でも自然に出てくる笑い。
こんな風に笑い合えるのが、何年ぶりだろうか。
めめがふと立ち止まり、コンビニの明かりをちらっと見ながら言った。
「にしても、康二……全然変わってないな」
「え、マジで? 俺、大人っぽくなったってよく言われるけど。主に自分で」
「じゃあ康二は……自己申告型イケメンってことで」
「うわ、言い方傷つくわ! そのうち名刺に書いたろか、“自己申告型”って!」
再び歩き出す二人。
足元には、ポツポツと街灯が灯り始めていた。
風は少しだけ肌寒くなってきて、だけど二人の間に流れる空気はどこか温かかった。
「でも、名前思い出してくれて、嬉しかったよ」
「……あんなもん、思い出すに決まってるやろ」
ちょっとだけ照れながら、視線を前に戻す。
「むしろ、なんでオレ、お前の名前忘れてたんやろって思うくらいや。めめの顔、……ちゃんと、心に残ってたのに」
その言葉に、めめは一瞬、何かを飲み込むように小さく笑って「そっか」とだけ返した。
すれ違う自転車の音、街路樹の葉の擦れる音。
どれも全部、まるで二人の雑談の合間をそっと包み込むように聞こえた。
今日の再会は、偶然だったのか、それとも必然だったのか。
そんなことは、まだわからないけれど――
二人の歩幅は、確かに、今もちゃんと合っていた。
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