[最後の夜と魔法の終わり]
若井side
俺が帰宅すると、涼架はリビングで一人、静かにピアノを弾いていた。
俺は、涼架に気づかれないように、そっと近づいた。
「…涼架」
若井の静かな声に、涼架は演奏を止めた。
「どうしたの、若井」
涼架は振り返り、若井の顔を見て、瞳を探るような光が宿っていることに気づいた。
涼架は、胸の奥が冷たくなるのを感じた。
「…お前、もしかして、あの時の猫なのか?」
若井の言葉に、涼架は息をのんだ。
涼架side
僕は、首に横に振った。
若井の言葉を否定しなければならない。
しかし、僕の口から言葉は出てこなかった。
「なぁ、俺、公園に行ってきたんだ。お前と初めて会った日の場所。…猫、もういなかった」
若井は、僕の腕に巻かれた、あの青いバンダナを指さした。
「それ、本当は俺が、脚を怪我した猫だった涼架に巻いたバンダナなんだろ?」
若井は、涼架に近づき、瞳を見つめた。
「俺さ、ずっと気づいてたんだ。涼架が火を怖がること、猫みたいな仕草をすること、俺の音楽をあいつみたいに聴いてくれること…」
「そして何より、涼架のそのエメラルドグリーンの瞳。…あいつと同じ色だ」
若井の瞳は、もう疑いの色ではなかった。
それは、確信だった。
僕は、もはや隠し通せないことを悟った。
「…ごめん、」
涼架がそう言って、静かに頷いた瞬間だった。
若井の脳裏から、涼架の記憶が霧のように消えていった。
涼架の顔が誰だったのか分からなくなる。
彼の声、彼の笑顔、彼と一緒に過ごした日々が若井の記憶から、音もなく消えていく。
「…君は、誰だ?」
若井の口から出た言葉は、僕にとって、何よりも辛い言葉だった。
涼架の体は、温かい光に包まれた。
「若井…!」
涼架が伸ばした手は、若井の体に触れることなく、光の中に消えていった。
「にゃあああ!」
涼架の体は、小さく、黄色っぽい毛並みの猫の姿へと戻った。
若井は、目の前で何が起こったのか理解出来なかった。
ただ地面に落ちた、小さな猫と、青いバンダナだけがそこに残されていた。
若井は、猫に手を伸ばそうとしたが、彼の頭の中はまるで何もなかったかのように、空白だった。
その時、夜空に星が流れた。
魔法使いが、音もなく姿を現した。
魔法使いは、地面にうずくまる、小さな猫をそっと抱き上げた。
涼架は、彼の腕の中で、震えていた。
若井に忘れられてしまった悲しみと人間として過ごした日々の記憶が、涼架の心を引き裂いた
「…これで、お前の願いは叶った」
魔法使いは、涼架に語りかける。
「お前は、人間に戻ることはできない。若井もお前が人間だったことを覚えていない。
…それでもお前は、人としてこの世界で彼のそばにいた」
魔法使いの言葉は、涼架の心に深く響いた。
それは、若井に忘れられてしまった、たった一人の涼架への優しい慰めの言葉だった。
次回予告
[新しい約束]
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コメント
3件
なんと悲しいことでしょう。なんとか思い出せないものか…
今話は涙腺崩壊だわ…
若井忘れないであげて😭