[新しい約束]
涼架side
僕は、魔法使いの腕の中から、若井の姿を見つめていた。
若井は、地面に落ちたバンダナを手に、ただ茫然と立ち尽くしていた。
若井の瞳に映るのは、もう人間の姿ではない。
人間としての僕は、彼から忘れられてしまった。
人間として過ごした日々は、僕にとってかけがえのない宝物だった。
若井の音楽を一番近くで聴き、彼の笑顔を見て、彼の孤独を分かち合った。
僕は、若井のそばにいるために、人間になったのだ。
そして、その願いは形を変えて今も僕の心の中にあった。
(たとえ、僕が猫に戻ってても…僕は、若井のそばにいたい)
僕は、魔法使いの腕から飛び降りた。
そして、若井の足元へと駆けていった。
「お前…」
若井は、涼架が猫になったことに気づいていない。
彼はただ、目の前に現れた、見慣れない猫に少しだけ戸惑っていた。
涼架は、若井のそばに立ち止まると、ゆっくりと顔を上げた。
若井の瞳は、涼架をただの猫として見ていた。
しかし、涼架の瞳は、若井をただ一人の大切な人として見ていた。
涼架は、若井の手の甲に、そっと自分の鼻をチョンと当てた。
それは、まるで別れを告げるかのように、そして新しい約束を交わすかのように優しいキスのような仕草だった。
若井は、その不思議な仕草に思わず手をとめた
「…お前、もしかして、俺が前に助けた猫か?」
若井の言葉は、確信めいたものではなく、ただの問いかけだった。
しかし、その言葉に涼架は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
涼架は、若井の言葉を肯定するように、若井の足元に体をすり寄せる。
若井は、涼架の頭を優しく撫でた。
「…そっか。よかった。また会えて、よかった」
若井は、そう言って微笑んだ。
その笑顔は、僕が1番好きだった、あの優しい笑顔だった。
若井の記憶から、涼架は消えた。
だが、若井の心には、涼架という存在が、一つの温かい感情として残されていた。
それは、言葉では説明できない絆だった。
若井side
若井は、地面に落ちていた、もう一つの青いバンダナを拾いあげた。
それは、若井がかつて、元貴とお揃いで持っていたバンダナだった。
若井は、そのバンダナを愛おしそうに眺めた。
元貴と別れてから、若井は、このバンダナを元貴との思い出の品として、大切に保管していた
それは、若井の心に、元貴を失った悲しみをずっと留めておくものだった。
しかし、若井は、もう知っていた。
元貴は、若井が悲しみに暮れることを望んでいなかった、ということを。
「なぁ、お前さ…」
若井は、静かに猫に語りかけた。
「ずっと、公園で俺のギター聴いてくれてただろ?聴いてくれるやついて嬉しかった」
「俺、お前のおかげで、また音楽やりたくなったんだ。…だから、もう、俺一人じゃない」
若井の言葉は、涼架にしか聞こえない、深い意味を持っていた。
「…俺の親友の、青いバンダナ。…お前につけてやるよ」
若井はそう言って、猫を脚に、バンダナを丁寧に巻いてやった。
それは、若井が初めてこの猫に会った、あの雨の日と全く同じ仕草だった。
バンダナを巻き終えると、若井は猫の頭を優しく撫でた。
「お前は、俺の新しい相棒だ。…これからも、ずっと一緒にいてくれよな」
若井の瞳に、再び光が戻っていった。
それは、過去を乗り越え、未来へと向かう新しい希望の光だった。
猫は、若井の腕の中で、静かに微笑んだ。
人間としての涼架は、若井の記憶から消えてしまった。
だが、若井の隣にいる、猫こそが涼架自身なのだ。
二人の新しい物語は、若井が再び手にした青いバンダナと涼架のエメラルドグリーンの瞳が静かに見つめ合う、この瞬間から確かに始まったのだった。
次回予告
エピローグ:二人の新しいハーモニー
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コメント
4件
最終話ありがとうございます!記憶から消えてしまっても、2人の絆は消えてなくて本当に良かったです!
記憶はないのに繋がりがあるとか最高です…号泣ですよ( ߹꒳߹ )