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Side.緑
リビングに置いてあるルンバのスイッチを入れ、起動させる。
掃除機じゃないのは、聴覚過敏のある北斗のためだ。
あとやることは何だったっけ、と思い出していると、北斗がとことこと歩いてくる。手には、例の黒い絵の具チューブ。
服の裾をくいっと引っ張る。これが彼なりのアピールだということはわかっている。
「ああ、そうだね、絵の具買いに行かなくちゃ。でもそれ使わなそうだったんだけどな……」
やはり、汲みとってあげられないことがたくさんある。
近くの画材屋をスマホで調べ、外出の用意をする。
北斗の小さな頭に、イヤーマフを付ける。耳当てみたいな形の音を遮るもので、北斗には欠かせない。
「行こっか」
そこは小ぢんまりとした、古い画材屋だった。近所ながらも、初めてだ。
店主のおじいさんが「いらっしゃいませ」と迎える。
きっと北斗くらいの小さいお客は珍しいだろう。
水彩画関連の棚からお目当てのものを見つける。あいにく、今使っているのと同じものはなかった。
「これでいい?」
違うんだったら何らかの表情を見せるはず。見つめているということは、これらしい。
「おいで」
レジに商品を出す。
お金を出している間に北斗がどこかに行かないかと焦ったが、大人しくじっと立っていた。
絵の具を受け取り、「帰ろうか」と手を繋いだ。
が、北斗はその場から動かない。
「北斗、行くよ」
何を見ているのかとその視線の先を追えば、レジ横に貼り付けられたポスター。
美術館の特別展のお知らせを、さも興味がありそうに見ている。
「……行きたい?」
北斗は俺に視線を移す。
どことなく、その瞳に映る光が多いように思える。目が、好奇の色を示していた。
「それはね、都立美術館でやってるんですよ」
店主のおじいさんが言った。
美術館なら静かそうだし、北斗でも行けるかもしれない。
「そうなんですか」
「小さい頃から芸術に興味があるのはいいですね」
その率直な言葉が嬉しかった。
やっと北斗の強い意思を感じてあげられた。
「じゃあ行ってみようか」
きらんと楽しげな目になった。
続く