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天井が崩れて瓦礫が降ってくる。オークションに参加していた人達が悲鳴をあげながら我先にと逃げ出していく。
「あら、誰もここから出さないわよ」
狐の仮面を被った女性達が逃げ惑う人々を一人残らず殺していく。
「輝夜、刀!」
輝夜はアイテムボックスから氷室の刀を取り出して、彼に投げる。
「あの女の方を頼む」
刀を受け取った氷室は刀を抜き、鞘を投げ捨てて老紳士の方に向かっていく。
「ナディ、ちょっとこれ持ってて」
輝夜はスマホをナディに渡すとアイテムボックスからスピードローダーを取り出して口に咥えると、更に拳銃とナイフを取り出して、女に銃口を向けて引き金を引く。
「あら、危ないじゃない」
死体から流れる血を自在に操り、弾丸を絡めとった女は、輝夜に視線を向けて微笑む。
それを見た輝夜は女の顔に狙いを定めて二発の弾丸を撃ち込む。
女は顔を覆い隠すように血のベールを作り、弾を止める。
彼女血の視界が自分の操った血で遮られると同時に、輝夜はブーストで身体能力を上げて女の方へ走る。
「……あれ?」
しかし、慣れないハイヒールでは走りにくく、思っていたよりスピードが出せない。
「慣れないハイヒールなんて履くからよお嬢ちゃん!」
足元の覚束ない輝夜を見た女は高笑いを上げて、死体から血を集め、圧縮して矢のように放つ。触手のように伸びてくるそれを、体を傾けて最小限の動きだけで回避した輝夜は、銃を女の顔に向けて弾丸を放つ。
撃つ瞬間、僅かに手首の力を抜いて銃口を下げる。
「同じ轍は……っ!」
視界の半分を残したまま、女は血のベールで弾を防ごうとするも、輝夜が狙ったのは顔ではなく足。
右足を撃ち抜かれた女は苦痛に顔を歪ませて膝をつく。傷口からは止めどなく血が溢れる。
「くっ、この……女
アマ
ぁ」
女は右手で傷口を抑え、自身の能力で止血をしながら殺意の籠った瞳で輝夜を睨み付ける。
「調子にのってんじゃないわよ!」
怒り任せに叫んだ女は、死体からありったけの血を集める。十数にも及ぶ槍を形成して、輝夜に向かって放つ。
輝夜は飛んでくる槍の軌道を見極め、最小限の動きで全て回避していく。
すべての槍を避わし、反撃に転じようとした時、ハイヒールに足を取られてバランスを崩して転ぶ。
「やべっ」
「バカね! そのまま死になさい!」
慌てて起き上がろうとする輝夜を見た女は勝ちを確信し、輝夜に向かって血の槍を放つ。
しかし、その瞬間、血の槍は形を失って元の血に戻ると、地面に落ちて飛沫を上げる。
「……は? ちょっと、なによこれ? どうなってるのよ!?」
何が起こったのか理解できない女は、再び血を操ろうとするが、一滴さえ思うように動かすことが出来ず焦燥する。
「真祖たる私の前で血を扱うとは、随分と怖いもの知らずな人間が居たものだ」
蝙蝠のような翼を広げ、輝夜の前に降り立ったアリアは冷たい眼で女を見つめる。
「契約者よ、あやつは私が貰う」
「こ……いや、任せるよ」
殺すなと言おうとした輝夜だったが、彼女のやった事を考えてその言葉を口にする事をやめる。
「……さて、人間の身でありながら血を操るとは、なかなか見所がある人間だな」
ハイヒールを脱ぎ捨てて氷室の加勢に向かった輝夜を一瞥して、再び女の方に視線を向けたアリアはゆっくりと上昇して女を見下ろす。
「高いとこから見下ろして、いい気になってんじゃないわよ!」
血を操って攻撃しようとするも、何も起こらず女は苛立ちのあまり地面を強く踏む。
「クソッ! 一体なんだってのよ!」
「無駄だ。私がその気になった以上、貴様はもう血を扱うことは出来ぬ……が、それでは一方的過ぎてつまらぬな」
アリアはそう言うと指を鳴らす。
「はっ、なめた真似してくれるわね!」
血が操れるようになった事に気づいた女は、再び血を集めて巨大な槍を形成してアリアに放つ。
「なんだ、この程度か?」
女の放った血の槍を指先で止めるアリア。
「……そんな、嘘でしょ」
「よく見ておれ、血とはこのように扱うのだ」
指先で止めた血の槍が形を崩し、元の血に戻った後、空中で再び槍の形を形成する。
使っている血の量は同じだが、アリアの槍は女が放ったものと比べて、一回りも二回りも小さい。
「ブラッド・スピア」
女が放ったものとは比べ物にならない速度で放たれるそれは、血の防御を容易く貫通して彼女の心臓を貫く。
「こんな……嘘よ……」
女は口から血を吐き、力無く崩れ落ちる。
「……やはり、悪人の血は臭くて叶わん。食欲が削がれる匂いだ」
アリアは鼻をつまんで眉をしかめてそう言う。
◇◆◇◆
「氷室!」
「女の方は!?」
「アリアに任せてきた」
アリア一人で大丈夫かと思う氷室だったが、老紳士に手こずって居たため、輝夜の加勢はありがたいものだった。
「ようわからんが刀が届かん」
「届かない?」
輝夜は老紳士に向けて銃を撃つ。しかし弾丸は老紳士の手前で、見えない壁によって阻まれる。
以前にも同じ手応えを感じた事がある輝夜は、すぐにそれがなんなのか気付いた。
「あのネックレス持ってるの?」
輝夜は空薬莢を排出し、口に咥えているスピードローダーを使って弾を装填する。
「元は君がゴブリンリーダーから手に入れたものだったね」
老紳士は輝夜にも言葉が通じるように、日本語で話し、懐から千切れたネックレスを取り出して輝夜に見せる。
「金持ちの豚を一匹屠殺しただけで手に入った。お陰で資金も潤沢だ」
下卑た笑みを浮かべ、ネックレスを懐にしまう老紳士。
「必要ないと思って遺物を手放したら、敵を強化してました。今さら後悔しても、もう遅い」
「追放ものによくあるタイトルみたいに言うなや。なにしてくれてんねん」
氷室はあっけらかんとした態度の輝夜の頭を軽く小突く。
「そうは言うけど、そうしないと招待状手に入らなかったんだよ」
こればかりは仕方がないと言うように、輝夜は首を横に振る。
「ほなしゃーないか」
輝夜の手に入れた招待状でオークションに参加している手前、彼女のしたことに文句はつけられない。
「けどあれ、確か遠距離攻撃しか防げない筈だよ」
あくまでも遠距離からの攻撃を防ぐ遺物であり、投擲した刀やナイフは防いでも、肉薄され振り下ろされた刃までもを防ぐ事は出来ない。
「ほな、なんで刀も防がれんねん」
「さぁ? 別の遺物じゃないかな。一体いくつもってるのやら」
輝夜はお手上げだと言わんばかりに、肩を竦める。
「しかし、どういう訳か、あいつも手ぇ出してこんし、このままじゃ埒が明かんな……お前、ちょっとあいつ煽って怒らせてこいや」
「ヤだよ。自分で行ってよ」
氷室は何もせずに突っ立ったままの老紳士を指差してそう言うが、輝夜は考える素振りすら見せずに断る。
「まあエエからちょっと耳貸せや」
「えー、仕方ないなぁ」
氷室が輝夜に耳打ちすると、輝夜は面倒くさそうに顔をしかめると、ため息をついて老紳士に向かっていく。
「ねぇ、遺物を使って世界を導くとか言ってたけど、世界を導くってどういうこと?」
ブーストスクエアで身体能力を大幅に強化し、一瞬で老紳士に肉薄すると、逆手に持ったナイフで斬りつける。
しかし、氷室の言った通り、刃は老紳士に届くことなく、直前で見えない壁によって防がれる。
「まさか世界征服とか言わないよね? 世界征服とか言っちゃうのが許されるのって小学生までだよ?」
銃弾を防がれた時と同じ感触に、内心で驚きながらも、輝夜は老紳士を煽る。
老紳士は眉間に皺を寄せて輝夜に視線を睨み付けるだけで、反撃してこようとはしない。
「急に黙っちゃったけど、図星? 大の大人が大真面目に世界征服とか言っちゃって恥ずかしくないの?」
輝夜は煽りながらナイフを持った拳を叩きつけるも、やはり老紳士の身体に届くことはない。
「だいたいさぁ、犯罪組織の目的が世界征服って、味のしないガムに手垢つきまくって見れたもんじゃないよ。そんなのお出しされて喜ぶ人間が居るって本気で思ってるの?」
輝夜は二度、三度と拳を振るいながら、拳を通して返ってくる感触を確かめる。
ネックレスでは近接攻撃は防げないが、返ってくる手応えは弾丸が防がれた時と同じもので間違いない。
どういう方法を取ったのか見当も付かないが、遺物の適用範囲を拡大しているとしか思えない。
「痛々しくて見てられないんだけど、もしかしてそういう精神攻撃? だとしたらめっちゃ効くわー」
「さっきからやかましいぃぃい! 誰が世界征服など下らぬことを目論むものか!」
老紳士が怒鳴ると同時に、地面が大きく振動する。
「ぶちギレさせたけど、これで良いの?」
その場から飛び退いた輝夜は、氷室にそう尋ねる。
「十分や。煽り性能高すぎやろ」
「我らが目的はそのようなものではない。もっと崇高なものである!」
会場の床に亀裂が入り、地面から黄金に輝く巨大な観音菩薩が姿を現す。
「これを使うに少し時間がかかるんだが、君たちがお喋りに夢中で助かったよ」
菩薩像は右手をゆっくりと上げる。上空に光輝く掌が出現する。菩薩像が手を振り下ろすと同時に掌が降ってくる。
二人は別方向に飛んで、掌を避わす。
直後、二人が居た場所を掌が押し潰す。瓦礫もろとも床を砕き、手の形をしたクレーターが出来上がる。
「お前が無駄口叩いとるからや。責任とってあの菩薩倒してこいや」
「僕仏教だから。仏様に手を出すなんて恐れ多い真似できないよ」
「嘘付くなお前、無神論者やろ」
なおも軽口を叩く二人の上空に掌がそれぞれ出現し、二人を叩き潰す。
咄嗟に防御をするも、掌の力が強く、二人は押し潰される。
「アカン、これマジで無駄口叩いとる場合やないわ……おい、ナディはどうした? 回復魔法使って欲しいねんけど」
氷室は額から血を流しながら、地面に大の字になったままそう言う。
「連れてきてない」
輝夜も目立った外傷はないものの、フラフラとした足取りで立ち上がる。
「それは良いことを聞いた。正直あの妖精に回復されるのが一番厄介だと思っていたのでな……」
老紳士の袖口から伸びたワイヤーが輝夜の身体に巻き付く。
「であれば、存分にいたぶるとしよう!」
輝夜の身体をワイヤーが締め付け、身動きがとれなくなったところに掌が降ってくる。
「がはっ……!」
肺を押し潰され、強制的に空気を排出されて呼吸が出来なくなる。
「輝夜ッ!」
輝夜を助けに向かう氷室だが、横から飛んできた掌によって壁まで弾き飛ばされ、気を失う。
「っ……アッ……」
上から押し潰される苦痛に顔を歪ませ、声が漏れる。
「ハーッハッハッハッハ! 良い、実に良い気分だ」
苦痛に歪む輝夜の顔を見た老紳士は高らかに笑い声を上げる。
「……なんで……こんな事を……何がしたいんだ……」
輝夜は地面に伏せたまま、顔だけを上げて老紳士に問い掛ける
「何がしたい……か。では聞くが、なぜモンスターと言葉が通じるかわかるかね?」
「英語、フランス語、中国語、ロシア語、この世界にはありとあらゆる言語があるが、どの言語であろうともモンスターと対話することが出来る」
勝利を確信し、気分を良くした老紳士は輝夜に問い掛ける。
「それだけではない。この世界にダンジョンが現れたのは十数年前……なのになぜ、数百、数千年も生きるモンスターが存在しているのか」
老紳士は、そう言いながらゆっくりと輝夜の方へと近づいていく。
「なぜなら、ダンジョンとは、この世界よりも更に上の高次元から崩れ落ちてきた欠片に過ぎない」
老紳士は両手を広げ、天を仰ぎ見る。
「そしてモンスターとは、我々人間よりも高次元の生命体……言語ではなく魔力を介して意志疎通が取れる。故に言葉が違えどもコミュニケーションが取れる」
「我々の目的は、ダンジョンの大本たるダンジョンタワーを顕現させ、世界を高次元の世界と同化させる。そして遺物はそのための触媒に過ぎぬ」
「世界を導くとはそういう事だ……理解出来たかね、愚かなハンター風情よ」
老紳士は、地面に伏せたままの輝夜を見下ろしてそう言う。
「ダンジョンの大本言うくらいや、どんなデカイもんかわかったもんやない。そんなもんがいきなり出てきて見ぃや、パニックになるどころの話やないわ」
いつの間にか意識を取り戻していた氷室は、刀を杖代わりにして、覚束ない足取りで立つ。
「それに、ダンジョン内はモンスターもうじゃうじゃ居る」
ゲートによって外に出てくる事がなかった中層以降のモンスターが、ダンジョンタワーの出現と共に街中にでも溢れ出したら、どんな被害が出るか想像もつかない。
「あと翻訳家と通訳が失業するね」
「お前、意外と余裕あるな」
この期に及んで軽口を叩く輝夜を見た氷室は、半ば呆れたようにそう言う。
「進化を促すためには多少の犠牲は付き物だ……その犠牲となれることを光栄に思いながら死ぬが良い」
観音菩薩が手を下に向ける。
輝夜と氷室の真上に輝く掌が出現する。
「ねぇ、これだけ喋らせたら十分じゃない?」
「せやな。もう演技はええやろ」