この作品はいかがでしたか?
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「菜乃香、週末は一緒に買い物へ行かないか?」
引越し先は近場だからと、大きなものだけ父に軽トラで先に運んでもらっておいて、細々としたものはマイカーに少しずつ積んでは段階的に引っ越しを済ませた。
その段ボールが粗方片付いて、やっと一息つけるかなと思えるようになった頃。
なおちゃんがそう言って私の髪をすいた。
私が一人暮らしを始めてからは、なおちゃんの借りている市役所傍の駐車場まで私が車で出向いて、なおちゃんを乗せてアパートへ帰って。
そこで2人で2時間ぐらい過ごしてから、また同じように駐車場まで彼を送って行ってさよならをする。
そんなサイクルを繰り返すようになっていた。
情事は専ら私の部屋。
場所はベッドだったり、リビングの床の上だったり台所だったりお風呂場だったり。
今日はベッドで睦み合ったのだけれど、エアコンが効き始めるのを待てずに始めてしまったからか、私にしては珍しく身体がしっとりと汗ばんでしまって。
蝶を模したバレッタでハーフアップにしていた髪の毛は、なおちゃんがキスをしながらいつの間にか外していた。
どの道、髪を束ねたままでは仰向けになった時、頭が痛くて外す羽目にはなったのだろうけれど、それを見越したように先回りするなおちゃんが、やはり手慣れた感じがして憎らしく思えたの。
なおちゃんは、私の首筋や額に汗で張りつくようにほつれた髪の毛を、手櫛で優しく梳きほぐしながら、耳にやんわりと掛けてくれる。
そうして剥き出しになった耳朶を唇で食まれて、クチュリと水音を響かせるように舌先で愛撫された私は、くすぐったさの中に混ざり込む快感に思わず首をすくめた。
「や、んっ」
小さく抗議の声を上げたら、「菜乃香のお母さんはピアスしてるの?」と指の腹先で耳をつままれる。
何てことのない仕草なはずなのに、どうしてなおちゃんがやると何もかもが私の身体をゾクゾクさせるんだろう。
「……し、てる、よ?」
それがどうしたというのだろう。
私自身、耳を飾ることに興味がないわけではない。
ちょっと前まではイヤリングはピアスより少し野暮ったいデザインのものが多かった気がするのだけれど、最近はイヤリングにも繊細なデザインのものが増えてきて、ピアス穴のない私にとって、すごく嬉しくて。
***
以前お母さんに、「ピアスの穴、開けるの痛かった?」って聞いたら、「開けるの自体はそんなに痛くはなかったけれど……後の消毒が大変だったかな」って言われて。
消毒を怠ると傷口が腫れて、熱を持つことがあったという。
「きっと膿んじゃったんだと思うのね」
お母さんは淡く微笑んで、
「そうなるとね、ちょっぴりピアスの軸を動かすのでさえ痛くなっちゃうの。だけどその時に我慢してしっかり軸を動かして消毒しておかないと穴が塞がっちゃうから……。お母さん結構必死に頑張ったのよ」
って、オニキスの黒々としたボールピアスに飾られた耳朶を見せてくれた。
「さすがに今はね、ほとんど膿まなくなったよ」
ニコッと笑顔を向けられたけれど、私は「ほとんど」と言う言葉が気になって。
「お母さん、ピアス開けたのいつ?」
聞いたら「二十歳になってすぐだからもう20年以上前ね」って答えてくれて。
「そんなに前に開けたのに膿むことあるの?」
ソワソワしながら身を乗り出したら、「ずっと同じピアスを付けっぱなしにしてたりするとね、汚れが溜まったりしちゃうんだと思うの」とか。
汗をかく夏は特に気を付けないといけないってことだった。
「膿むのを防ぐいい方法、教えてあげようか?」
悪戯っぽく笑うお母さんに、「なにっ?」って聞いたら、「毎日付け替えたいって思えるようなお気に入りのピアスをたくさん持つことよ」だって。
「菜乃香はピアス、興味ないの?」
キュッと爪先で耳朶を挟まれて、私は「なおちゃん、痛い」って彼の手に触れる。
「興味……なくはないけど……少し怖いの」
穴を開けるのも、開けた後も。
言ったら、「俺、菜乃香の耳にピアスの穴、開けたい」ってなおちゃんがつぶやいて。
「え?」
思わずその声に彼の方を見つめたら、耳たぶに触れられながらキスをされた。
「んっ」
口の中を掻き回すように舐められて、意識がそちらへいきかけるたび、耳をギュッと挟まれて。
「や、っ」
鈍い痛みに小さく吐息が漏れる。
「キスマークはさ……」
唇から首筋に降りてきたなおちゃんの口付けが、髪の毛で隠れるであろうギリギリのラインにチュッと吸い付いて赤い鬱血の跡を刻んだ。
そうしながらも、耳をいじる手は離してくれなくて。
何度もなおちゃんに力強く挟まれた耳たぶはジンジンとした疼痛と熱っぽさを訴えている。
「どんなに頑張って付けても……数日経ったら消えちゃうだろ?」
それでもなおちゃんから付けられたアザは、消え切る前に次のものを散らされるから、私の肌はずっとどこかしらに赤い花びらが舞い飛んでいるの。
「ん。だからなおちゃん、毎日新しいのつける、の?」
左の鎖骨のあたりにチクッとした痛みを感じて、そこにも新たなアザが刻まれたことを知る。
「そう。これは菜乃香は俺のものって印だからね」
消えないようにしないといけないのだ、となおちゃんが微笑んだ。
なおちゃんはとっても独占欲が強い。
言動の端々にそれを感じさせられることが、怖いのと同時に心地よくもあって。
私は全身全霊でこの人に支配されたいのだと思ってしまう。
「だから、さ。ちょっとやそっとじゃ消えない印を俺は菜乃香の体に刻み込みたいんだ」
いつのまにか耳元に移動していた唇で、耳朶をそっと食むようにした後、一瞬だけそこに噛みつかれた。
「いっ!」
指で挟まれた時とは比べ物にならない痛みがピリッと耳に走って、私は思わず涙目で悲鳴を上げた。
「ねぇ、菜乃香。俺にピアスの穴、開けさせて? 俺はね、もしキミと別れることになったとしても、菜乃香が俺を忘れられないよう、一生消えない痕跡を菜乃香の身体に刻みたいんだ」
ジンジンと痛む耳たぶをやんわり舐め上げながら、なおちゃんが私にそう強請る。
彼に支配されたいとそう願ってしまう私には、なおちゃんからの要求を断ることは出来ないの。
私はなおちゃんをじっと見上げて小さくコクン、とうなずいた。
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