これで彼を抱きしめ返したら、ダメだ。
「会いたかったって、今日会ってたんだよ?何時間か前だけど。仕事はどうしたの?」
「仕事は早く上がった。葵とちゃんと話したくて。あと、葵のご飯食べたくて帰ってきた」
言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。
「なにそれ」
もう自分の気持ちに素直になろう。
「部屋の中入って」
結局、瑞希くんを部屋に入れちゃった。
「葵。俺……」
瑞希くんは何か言いたそうにしている。
でも今は暗い話をしたくなくて
「ご飯食べてないんでしょ?」
私は話題を変えた。
「えっ、うん」
「残り物でいいなら作るから、先にシャワー浴びてくれば?スーツ、シワになっちゃうから脱いで」
「いいの?」
「いいよ」
私がハンガーを取ろうとしていると、後ろから抱きしめられ
「今日も……。泊っていい?」
耳元で囁かれる。
首筋に彼の息があたり、思わずゾクっとする。
「うん……」
私が返事をすると
「やった!」
さっきの大人っぽい彼とは違い、満面の笑みだ。
こうやって見ていると子どもみたいだな。
「シャワー浴びる前にコンビニ行って来てもいい?着替えとかないから……」
「うん。じゃあ、ご飯の準備してる」
そういうと瑞希くんは出かけて行った。
「はぁ」
思わずため息をついてしまう。
いいのかな、本当に。
繰り返される自問自答。
結局、人生一度だけだもん。
怖がってないで、いろんな経験をした方がいいよね。そうプラスに捉えることにしよう。
「ただいま」
瑞希くんが帰ってきた。
「おかえり」
なんだろう。こんな会話、いつぶり?
「葵、甘い物好き?」
「うん、好きだよ」
「コンビニ行ったら、新発売のスイーツ売ってた。二つ買って来たから、半分こして食べよう。お土産!」
「ありがとう。冷蔵庫、入れておくね」
瑞希くんにとっては普通のことかもしれないが、嬉しい。
「シャワー浴びてきていい?」
「うん、タオル、出しておいたから」
「サンキュ」
彼がシャワーを浴びている間に、夕食を作る。
どうしよう、作り置きの冷凍ハンバーグがあるから、それでいいかな?煮込みハンバークとかにしよう。あとポテトサラダと。
料理を作ることは嫌いじゃない。
私が美味しい物を食べることが好きだから。
一時は花嫁修行だと思って、料理教室に通っていた時もある。仕事が忙しくて辞めてしまったけど。
シャワーが終わった瑞希くんが部屋に帰ってきた。
「やっぱり、ヘアメイクしてないとなんか雰囲気変わるね」
「マジ!?だめってこと?」
「ううん。どっちもカッコいいよ」
「なら良かった」
部屋着の瑞希くん、見慣れない。
こんなにカッコ良いお兄さんが私の部屋にいるなんて。
「葵も。ラフなカッコも可愛いな。なんか無防備で」
「ありがと」
思わず、顔が紅潮する。
みんなに言ってるんでしょ、きっと。
素直に受け止められない。
「ご飯できたよ」
瑞希くんの前に夕食を運ぶと
「すげー。美味そう!」
いただきますと言って、勢いよく瑞希くんは食べ始めた。
「うまっ!」
やっぱりこうやって喜んで食べてもらえるのって嬉しい。
「今まで食べたハンバーグの中で一番美味い!」
それは言い過ぎでしょ。
彼は、綺麗に残すことなく提供したご飯を食べてくれた。
「瑞希くんが買ってきてくれたデザート食べようか?」
一つはロールケーキ。一つは、生クリームがのっているプリンだ。
「葵はどっちが食べたい?」
「んー。両方美味しそうだな」
「じゃあ、やっぱり半分こしようか?」
瑞希くんがプリンの蓋を開け、スプーンに乗せる。
「はい、葵?」
これは、あーんをしてくれるってこと?
少し躊躇したが、パクっと私はそれを食べた。
「美味しいー!」
夕ご飯を食べていなかったせいもあり、とても美味しく感じる。
「こっちも。はいっ?」
ロールケーキも一口大にして、口に運んでくれた。
「美味しいー!!どっちも美味しいよ」
「瑞希くんも、食べなよ。はい?」
「へっ?」
私がスプーンに乗せ、彼の口に運ぶ。
「美味い!俺、甘い物あんまり食べないけど、たまに食べると美味いな」
あとは二人で食べて、私は食器を片付ける。
瑞希くんも手伝ってくれると言ってくれたが、断った。
「ねぇ、葵。この段ボールなに?」
昨日はなかった、部屋の隅に置いてあった段ボールを瑞希くんは指差した。
「ああ。それ」
どうしよう、別に隠すことじゃないよね。
「それ、今日、元彼が送ってきたの。彼の部屋にあった私の荷物。着払いでだよ?失礼だよね」
「えっ!?そうなんだ」
「邪魔でごめんね」
「葵は未練とかないの……?」
先ほどとは違い、瑞希くんが真剣な顔をしている。
「未練?ないよ。あんなフラれ方だし。別れて良かったって思っているけど。三年間だから。あんな人、好きだった自分が恥ずかしいっていうか……。そういう意味では、まだ引きずっているかな」
浮気をしていたなら、その浮気相手が本当に好きになったのなら、もう私のことなんて好きじゃなくなったと早く言ってくれれば良かったのに。
記念日のプレゼントを選んだり、レストランで待っていた自分が惨めで、思い出しても腹が立つ。
「そっか」
しばらく無言が続いた。
「瑞希くん、明日も仕事でしょ?そろそろ寝なきゃ……」
「そうだね、葵も寝なきゃだな」
二人で歯磨きをして、ベッドに向かう。
どちらかがソファで寝るという選択肢は最初からなく、二人でベットに入る。
「瑞希くん……」
「どうした?」
電気はすでに消しているので、彼がどんな顔をしているのかわからない。
「私、瑞希くんにバイバイって今日言ったくせに、瑞希くんに会いたいって思っちゃったの。だから今日、瑞希くんがまた来てくれて、嬉しかった。でもこの関係は、私にとっても瑞希くんにとっても良くないと思う。瑞希くんは、みんなのアイドルみたいな人だから。何度も言うけど、私は瑞希くんのお客さんになるつもりはないの。これ以上一緒にいたら、私、本気で瑞希くんのこと好きになっちゃう。まだ心にブレーキをかけられるうちに、この関係を止めたい。私とこうしていると、瑞希くんだって仕事に影響出るでしょ?だから……」
今の自分の気持ちを正直に吐露した。
コメント
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勇気を出して、今の正直な自分の気持ちを言えたのすごいなぁって思う、!