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王都を包囲していた氷の城壁が轟音と共に崩れ去る頃、二人はすでに闇夜に紛れ、国境の峻険な山脈へと足を踏み入れていた。
かつては国を背負う立場だった二人の、あてのない、けれど確かな温もりを伴った逃避行が始まる。
王都を離れて三日。二人は深い森の中、古い狩人の小屋で束の間の休息を得ていた。
月の光が差し込む板間で、元貴は滉斗の傷の手当てをしている。
「……痛い? ひろぱ」
「別に。これくらい、かすり傷だ」
強がる滉斗だが、その身体は禁忌の術の影響でひどく冷え切っていた。元貴は、自身の乏しい術式をすべて「加温」と「治癒」に注ぎ込み、冷え切った滉斗の手を自分の両手で包み込む。
「ごめんね。僕を守るために、こんな……」
「謝るな。俺が勝手にやったことだ。それに、今の俺はもう軍人じゃない。ただの、しがない逃亡者だ」
滉斗はそう言って、照れ隠しのように顔を背けた。しかし、繋がれた手の力は決して緩められない。15年の空白は、言葉よりも先に、互いの肌の温もりを求めるほどに二人を飢えさせていた。
追っ手の目を欺くため、二人は華美な装束を捨てた。
元貴は豪華な王族の衣を脱ぎ、平民の質素な麻の着物に身を包みこむ。滉斗もまた、軍服を捨て、旅の浪人のような格好で腰に一本の剣だけを携えた。
道中、小さな村の茶屋に立ち寄った際、二人は驚くべき光景を目にする。
村人たちが、「行方不明となった国王」と「裏切り者の剣士」の話をしていたのだ。
「新しい王が立つらしいぞ」
「若井の旦那も、よっぽど王に愛想が尽きたんだろうな」
そんな声を背中で聞きながら、元貴は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「……僕がいなくても、国は回っていくんだね」
「当たり前だ。お前一人が背負うには、あの国は歪みすぎていた」
滉斗は元貴の頭を乱暴に、けれど愛おしそうに撫でた。
「これからは、自分のためだけに歩け。俺がその道の先を切り拓いてやる」
逃避行は、過酷なものだった。
追っ手の気配に怯え、野宿を繰り返し、時には凍える川を渡ることもあった。しかし、二人の表情には、王邸にいた頃にはなかった「生」の輝きが宿っていた。
滉斗が仕留めた獲物を、元貴が不慣れな手つきで調理する。 15年間の空白を埋めるように、子供の頃の話や、本当は伝えたかった想いを夜通し語り合う。足を痛めた元貴を、滉斗が無言でおんぶして険しい峠を越える。
元貴は、滉斗の背中で静かに涙を流した。
「ねえ、ひろぱ。僕、攻撃術が使えなくてよかった。……もし僕が強かったら、君に守ってもらう理由はなかったかもしれない」
「……バカなことを言うな。お前が強くたって、俺はお前を守った。それは、術がどうとかじゃない。……ただ、お前が好きだからだ」
その告白は、吹き抜ける風にかき消されそうなほど小さかったけれど、元貴の心には何よりも強く響いた。
二人はついに、国境を越え、唐の文化が色濃く残る静かな港町へと辿り着く。
もはや誰も二人を知る者はいない。
「ここなら、誰も追ってこない」
滉斗は、水平線から昇る朝日を見つめながら言った。
元貴はその隣で、かつて二人が約束した「結婚」という言葉を思い出していた。あの頃の幼い約束は、今や15年の時を経て、誰にも壊せない誓いへと変わっていた。
「ひろぱ。僕たちの新しい国は、ここからだね」
最強の剣士は、その剣をそっと置き、愛する人の手を引いたのだった。
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